上発知。旅日記vol.10
4月24日
5時前に起きて出発。余裕で地下鉄に間に合うはずが家に近い側の入口が開いておらず、大回りして駅に向かう羽目に。それでもぎりぎり間に合う。千代田線大手町から東京駅まで歩き、まずは丸の内口でちょいと撮影。
6時8分発のMaxとき301号でまず高崎に。大宮を過ぎてから急に眠くなるが、ちゃんと高崎直前で目が覚める。なんとかなるもんだ。
高崎駅到着。ここからは在来線。高崎駅のだるまも笑ってます。
「舞茸弁当」購入。舞茸ご飯、舞茸の天ぷら、舞茸の和え物と煮たのも入って舞茸づくし。うまい。東京で弁当買うの我慢しといてよかった。高崎からは上越線で沼田へ。沼田駅前からは迦葉山行きの関越バスで上発知に。
まあ今回の主目的は一応これ。どうでしょう「日本全国絵ハガキの旅」に出てきた「上発知のシダレザクラ」を撮りに。
シダレザクラはもう散りかけていたが、八重桜は満開。意外に簡単にロケ地発見できたので時間が余った。さあどうしようかと思ったが、来る途中バスの窓から「沼田城址」という文字が見えたのを思い出す。そうだよなあ、沼田は真田の城下町じゃないか。行かない手はない。つーかなんで「どうでしょう」ネタのみ頭にあって城のことを忘れていたのか。
その理由は一つ。沼田城には遺構が少なく、今や色とりどりの季節の花が植えられているきれいな公園になっているから。ネット上でも、「訪ねた」という報告があんまりなかったのだ。まあそれでも行く価値はあったが。
11時53分の上越線で水上へ。まずは水上温泉郷でひとっ風呂、という考え。しかし水上駅に着くと雪が降っていた。駅前の観光案内所で聞くと12時から日帰り入浴ができるのは「ホテルひがき」しかないとのことなのでそこに直行。
水上温泉郷の真ん中を流れる利根川。
ホテルひがきの内風呂。
露天、というか利根川を眺められる眺望風呂。
もうひとつ。なかなかいい風呂。しかし水上温泉郷自体はなんとなく「終わった」観光地のような感じがした。ここを目的に来ることはないだろうな。
水上駅に戻る。駅弁を買おうとするが売ってない。全部撤退したか?というわけで時間もないが駅前のそば屋に。舞茸天ざる。そばはまあまあかな。
水上名物生大福。甘い。
上越線でさらに北へ。群馬県と新潟県の県境の土樽駅から見た谷川岳。
越後湯沢で下車。ここは立ち寄り入浴できるところが何ヶ所かあるが、まずは湯沢グランドホテルに。
内風呂。
そして大泉さんが「原付東日本縦断」の時に朝入った露天風呂。15年前の入社前拘束合宿(バブル期ならでは、の話)は越後湯沢の大き目のホテルだったが、このホテルじゃないようだ。どこだったのだろう?
続いて湯沢町の町営温泉「駒子の湯」に。
中。熱くないので長く入っていられる。越後湯沢を離れ、16時20分の上越線各駅停車で小出に。
小出駅から今日の泊まりの栃尾又温泉「自在館」までは旅館の送迎車。しかし何の手違いか1時間ほど待たされる。すっかりマイナス評価からのスタートであった「自在館」であったがしかし、お湯であっという間に挽回。ここの風呂は露天も含め3つあり、一人で来ようが家族で来ようがデフォルトで予約貸切制(22時半まで。それ以降は自由)。なので一人でのびのび風呂独占。こんな風に写真も自由に撮れる。
フラッシュ使ってみました。
やっぱフラッシュ使わないほうが雰囲気は出る。暗いけど。
そして料理。もちろん山菜中心。山の中の旅館でも「山菜」というと東京でも手には入りそうな瓶詰め(またあれがおいしくない)を開けただけのようなのが出る旅館が多いが、ここのは生だったりさっとゆでただけだったり。刺身もマグロなどではなくカワマス。
イワナ。頭から食べられます。
山菜の天ぷら。今日は三食舞茸の天ぷらだ。他には竹の子、たらのめ、ふきのとう、やぶれがさ、ぶどうの若いの。春に来て良かった。
夜には内風呂。素晴らしい宿だった。でも携帯もPHSもつながりません。それもある意味いいポイントか。
4月25日
朝5時起き。7時15分小出駅発の電車に乗りたいためだが、それでもこんなに早く起きる必要は普通はない。昨日の時点でまだ入ってない風呂が2つあったので、6時半の出発までに2つとも、という貧乏性がなせる業。まずは自在館の隣にある温泉センター(源泉管理所)の源泉に。ここ栃尾又温泉の源泉は29℃のラジウム温泉。気温よりは高いが体温よりは低い温泉というのも初めてだ。でも長く入ってると結構温まる、かつ汗はかかない。もうひとつ入るつもりだったが、これで満足したのであとは布団でごろごろ(その方が温泉効果は上がる)。写真は自在館の旧館。今はあんまり使われてはいない。6時半にタクシーを呼んで小出駅に。深夜早朝料金のためにえらい高くついた。これは失敗した。朝飯も食わずに出るわけだし。メリットは、と言えば今日たくさんの予定をこなせる、というだけ。なんか間違ってる。
後悔しても仕方ないので小出駅から上越線、越後川口で飯山線に乗り換えて長野県に向かう。飯山線は終始このような風景が車窓から楽しめるローカル線。しかし早起きが祟りほとんど寝ていた。しかも駅弁を売ってる駅がない。仕方がないので途中22分も停車する十日町駅で駅から出してもらい、駅前のホカ弁屋でシャケ弁買う。ホカ弁と言ってもこのへんだと魚沼産コシヒカリ100%らしい。バカにしてはいけない。でも全部は食わないが。北飯山駅で降りて今日の第一の予定・飯山城に。
駅は無人駅、案内図もないのでEZナビウォーク起動。駅からそれほど遠くないところに城山公園。しかし入口はぐるーっと回ったところ。この飯山城も平成5年に再建された門がひとつと、あとは石垣が一部残っているだけで完全に破却されてしまっている状態。曲輪の跡が残っているだけにもったいない。しかし地元住民にとっては「花のきれいな公園」でいいんだろうな。
また1時間後の飯山線に乗り込み終点の長野に。長野で駅弁「豚の角煮弁当」購入。半熟卵が付いてるのだが、車内でどうやって割るのだ?手で無理矢理割ったら暴発した。
おやきも買った。
長野駅からは川中島バスで30分の松代に。松代城は松代駅前バス停下車、徒歩5分。この4月に復元整備工事が完了して公開が始まったばっかり。当然のことながらきれい。きれい過ぎるくらい。ここまできれいだと工事前を逆に見てみたいくらい。今回の復元整備工事の内容は石垣の修復、堀と土塁の復元、門の再建。無料ガイドが大勢説明をする。しかしその案内を聞いていたツアー客の一人のおっさん、「周り(石垣)だけ作っても天守閣なきゃ意味ないね。天守閣のない城は意味ない。」と言い切る。だったら松代城に来るなよ。松代城は武田の時代から一度も天守建てられたことないんだぞ。こういうおっさんは史実に基づかなくても天守あったほうがうれしいのかね?墨俣城みたいに。ガイドがかわいそうだった。
松代城の後は真田宝物館、旧真田邸(新御殿)、松代藩文武学校と見て回る。松代城の建物は全くない状態だが、この3つに関しては真田家が明治までずーっと藩主であったせいかきっちり保存されている。今回は見なかったけれども他にもいろんなスポットがあり、松代というのはいい観光名所だ。しかしそういう文化財(文武学校の板張り)で子供を走らせて遊ばせてるバカ親&バカ祖母(孫の足が汚れてるの見て「きたないわねえ、ここ」とのたまう。人が来るとこそこそ退去。)もいたりするから観光地として有名なのも善し悪しだ。
帰りは松代駅から長野鉄道。古いままつーか手が加えられてないつーか凄い駅舎。きっぷも昔ながらの硬券。自動券売機などは当然なし。
長野鉄道はこっちの車両が有名だが、
ステンレス車両もある。
終着の屋代駅でしなの鉄道に乗り換えて小諸に。屋代で少し時間が空き、駅の裏山に屋代城という山城があることを知ったが、山登って見て帰ってくるほどの時間と気力はさすがにない。あっさり断念。しなの鉄道は長野新幹線開通と同時に第三セクターに移管された旧信越本線。黒字転換を目指して社長がいろいろやってるという話だったが、乗っただけでは別にそういうものは感じなかった。
小諸には16時5分の着。そろそろ日も傾きかけ。急いで小諸城跡の懐古園(17時閉園)、大手門公園(この2つが線路をはさんで両側に分かれている)を回る。懐古園も桜が終わり、今はあんまり花は咲いてない時期だった。なんの祭りか屋台はたくさん出ていたが。17時前、今日の予定は全て終了。当初はしなの鉄道で軽井沢まで出て長野新幹線で帰ることにしていたが、それだと待ち時間がかなり出るので、すぐに発車するJR小海線で佐久平まで行き、そこで10分で連絡する長野新幹線に乗ることに変更。
しかし佐久平のみどりの窓口には長い列。なんとかなるだろうと思って自由席に向かったが、乗ってみると自由席も満席。しょうがないので通路に立つ。高崎で空席ができたのでようやく座れた。佐久平で買ったソースカツ弁当もようやく食えた。東京まで立ったとしてもほんの1時間半だったけどね。しかししかし、別にこのあさま526号に乗らずとも、ゆっくりみどりの窓口に並んで指定席を確保する、という手もあったはず。またまた妙にあせって失敗した。今回の旅行は終始そんな感じ。小諸城無理して夕方に寄るより松代温泉で最後はゆっくり、の方が良かったような気もするし。次回計画からは考え直そう。
旅日記集