東北桜日記その2
4月26日
6時過ぎに家を出発。まず新宿駅で昨日から始まったmapion国盗り2008にトライするが何回やっても「渋谷」。四ッ谷駅に至っては「日比谷・丸の内」。多少ずれることがあるとはいえこれはやりにくい。推測して行かなきゃならんのか。
7時36分発のはやて3号は見事に満員。
朝食は「膳まい」の黒むつ(メロ)弁当。久しぶりにメロ食べたがもういいや。脂しつこすぎ。あんまり眠くないので行きは国盗りしながら。福島近辺でちょっと寝たため数箇所取りこぼす。八戸には10時39分の到着。
八戸で駅弁「うに釜めし」買って白鳥3号に乗り換える。本来なら弘前まで直通の特急つがるに乗り換えたいとこだったが八戸−弘前の全行程の指定が取れず、青森−弘前だけ取れたので白鳥(これ自体は函館行き)で一旦青森下車、青森でまた特急に乗り直すという変な形を採った。
車内でうに釜めし食う。前にも食ったな、これ。青森12時37分発のつがる7号で弘前に。
弘前駅からは弘南バスのシャトルバスで。大手門ではなく東門に連れて行かれた。東門外の堀は花びらで桜色。
二の丸をぐるっと回って桜のトンネルに。残念ながら桜はもう散りかけ。
内堀もこんな状態。
本丸の枝垂桜。
15時前にまたシャトルバスで駅に戻り、奥羽本線で浪岡に。ここは中世の居館跡を公園として整備したところということで、あまり期待はしていなかったのだが、まず広い。そして桜が見事。建物は全くないが堀と土塁がその姿を残している。しかも史跡公園で禁止されているのか花見客がいないので静か。これは素晴らしい城だ。
土塁?物見台跡?と桜。
桜UP。
内館(本丸)の桜。
内館(本丸)の桜。
ヤマザクラ。行ったのが遅かったため案内所とか資料館は閉まってたが、この桜で十分だ。
今回弘前のホテルが取れなかったので泊まりは青森の東横イン(できてまだ1年)。夕食は駅前の「朝市寿司」で。
1カン1,000円の大間マグロの中トロ。
マグロの塩辛だって。確かに珍味。
青森ベイブリッジ。
4月27日
駅前の定食屋「一二三食堂」がこぎれいな喫茶店に変わっていた。昔はこんな感じだった。代替わりしたのかなあ?入ってないのでメニューがどうなったかは不明。
朝7時44分の各駅でまずは弘前に。
新青森駅。まだ新幹線の駅舎はできていないが、高架は北海道方面へと伸びていた。
朝食は昨日買っておいた「津軽海峡弁当」。
なんで弘前か、というとこの弘前から秋田内陸縦貫鉄道を経由して角館に直行する季節限定の快速「角館武家屋敷とさくら号」に乗りたかったから。
鷹巣駅でスイッチバックして秋田内陸縦貫鉄道に入る。
名前だけは珍駅名として知れ渡っている阿仁マタギ駅。別にそれほど山の中ではなかった。携帯は圏外だったけど。
車内で弁当を売っていたので購入。マツタケご飯、馬肉の煮物、またたび寒天など珍しいものがたくさん。馬肉の煮物だけも売ってた。あとまんじゅうは有名なのか即完売。
秋田内陸縦貫鉄道の終点・角館駅に到着。途中下車しないと面白みはわからないがとりあえず乗れたということで満足。いつ廃止とか路線短縮になるかわからないしねえ・・・。廃止が決まってから乗りに行くってのもおかしいし。
角館の武家屋敷に。街角でクラシック弾いてる楽団がいたが、話を聞いてると毎年角館に演奏に来てる東京の人だそうだ。
シダレザクラはすっかり緑。前回来た時(2005.4.24)はつぼみだったのに今回は葉桜か。なかなか難しい。今回も計画した時点では27日が満開のはずだったのだが先週暖かい日が続いて三春より早い時期に満開になってたらしい。行ってもムダなので桧木内川堤には行かず。
さらににわか雨にたたられる。雨がやむのを待って古城山城に。ここのヤエザクラはまだ咲いていたが、ソメイヨシノはもう緑。
熊出没注意?3年前にはこんなのなかったと思うけど出たのか?雨の上に熊まで出くわすのもイヤなのでさっさと退散。
ガイドマップに天寧寺の山門が角館城の遺構だ、とあったので行ってみた。が、家に帰って調べたらどうも違うらしい。
時間が余ったので街を歩く。ノーシンの古い看板。
早めに駅に戻り土産を物色した後こまち20号に乗車。
しかし盛岡で途中下車。桜終わってるので盛岡城には行かず、「たんたん」でゆでたん食べただけ。
盛岡からは17時16分発こまち24号で。角館で買った「ハタハタすめし弁当」これはうまい!あれ?4食目だ・・・。
郡山に沈む夕日。行きで盗り損ねた国も盗って大宮には19時22分到着。
大宮から埼京線、山手線、西武新宿線と乗り継いで中井に。中井駅から歩いて2分の伊野尾書店が「本屋プロレス」旗揚げ戦の会場。20時20分に着くとすでに30人ほどの行列。無料とはいえこんなに早くから集まるとは、みんなこういう怪しいのが好きなんだなあ。試合は21時に開始。観客は書店には入れないので店の前に列を作って観戦。後ろの人は見えなかっただろうなあ。そういうこともあってか試合は後半ずっと場外という名の路上で。しばしば車が通るたびに右往左往する観客。結局飯伏が高木を路上でジャーマンという荒業で仕留め社長越え。観戦記はこちら。
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