鹿児島旅日記。




3月20日

今回の旅行の当初予定はANAで稚内空港に飛び、日本最北端の稚内駅から特急オホーツク、寝台急行はまなすで北海道を縦断して本州上陸、青森から特急つがるで新青森に出てはやぶさで一気に東京、東京でのぞみに乗り換えて新大阪、新大阪でさくらに乗り換えて2日で鹿児島中央まで行ってSNAで帰るというものだった。しかし東日本大震災ではやぶさは不通に。全部キャンセルしてすべて復活した時にやり直すという手もあったが、さくらは早いうちに乗っておきたいので東京スタートの日帰りに変更。しかしそれは余りに馬鹿馬鹿しい(いや、元から馬鹿馬鹿しい計画だが)という声もあり、20日にのぞみ→さくらで鹿児島中央まで行き、一泊して21日は鹿児島観光という計画に変更。

乗車券は19日に取り直し、20日の午前中に宅急便の配達を依頼してたのでそれを受け取ってから午後出発することにしてのぞみ・さくらもそれぞれ変更。荷物は11時に無事受け取り、12時発ののぞみ227号でまず新大阪に。

新大阪まではいつもと変わらぬ普通の新幹線旅行。昼食は東京駅の駅弁「炙り煮穴子重」。なかなかうまい。付いてた味噌だれは使わず。せっかくだから試せばよかった。新大阪には14時36分の着。

さくら565号は14時59分、20番ホームから出る。このホームがさくら・みずほ専用になったのかな?

ホームの列車案内。

折り返しのさくらが20番ホームに入線。

車両は基本N700系なのでさほど目新しくもない。しかし撮り鉄多数。自分もひと通り撮る。

KYUSYU-WEST JAPANの文字。

行き先表示板。大阪の駅で「鹿児島中央」行きの文字を見るというのが寝台特急以来随分久しぶりではなかろうか?

グリーン車車内。のぞみと違ってワイヤレスLANは装備してないようだ。

ここでまた駅弁その名もずばり「みずほとさくら」。

中身。大阪から鹿児島までの名物を一気に詰めたもの。山陽新幹線の範囲内はこれも特に新しくはない。博多を出発、博多南駅を過ぎるといよいよここからが新路線。しかし高いフェンスに遮られて車窓の風景はあまり見えない。JR九州の開通記念CMは新幹線からではなく空撮だったのだな。よく考えればスピードとか全然違うし当たり前だが。新大牟田とか新玉名とかなんで作ったかわからない(どことも連絡していない)駅もあるがそれはまあいいとしよう。さくらは現時点では長崎本線につながる新鳥栖には停車しない。長崎の人間は博多乗換えのままだな。新八代を越えるとまた既存路線に。しかしようやく博多から鹿児島中央までつながったんだなあ。

鹿児島中央駅は駅の西側もビックカメラが入ったり東横イン等ホテルが建ったりで随分整備が進んだ様子。東横インは日曜の宿泊は3480円なので助かる。マネジャーがちょっと態度悪かったが。夕食どこにしようかと辺りを見回したら6年前に鹿児島に来た時に飲み食いしてうまかった「吾愛人」の支店ができてたので入る。首折れサバは売り切れてたが、キビナゴの刺身、春野菜の天ぷら(これは別に鹿児島と関係ない)、

カツオの腹皮焼き。

鹿児島風味噌おでん。

さつまあげ。満足。翌朝早く出ることにしたので早めに(と言っても0時は回ってた)就寝。



3月21日

4時51分鹿児島中央発の指宿枕崎線に乗るために4時起き。指宿で乗り換えて終点・枕崎には7時20分着。単に指宿枕崎線完乗のためだけの行為。さてここからどうしよう?一応の予定では昼まで枕崎にいて、昼飯カツオでも食べてまた指宿枕崎線に乗り、西大山で降りて時間を潰し、夕方に鹿児島中央に戻ってすぐバスで空港、というものだった。

が、着いた枕崎駅には駅舎すらなし。トイレもなし。駅前にもスーパーと薬局(薄緑のが薬局の建物)はあるが(当然まだ開いてない)土産物屋的なものもなし。ちょっと歩けば「おさかなセンター」というのはあるみたいだが、市場の開いてない祝日に何があるだろう?だいたいまだカツオのシーズンじゃないし。バスでさらに知覧か加世田に行くか、とバス時刻表を見るが祝日の朝にバスはない。うーーーーん、これは引き返した方がよさげだ。

乗って来た車両は38分に発車する。これを逃すと昼までない。よし引き返そう。

ガラガラの車両に乗り、昨日の夜に買っておいた駅弁「鹿児島よくばり弁当」で朝食。iPhoneの乗換案内で計画立て直し。この各駅は指宿行きで指宿から鹿児島中央には快速が連絡している。しかし西大山で降りても30分後のに乗れることが判明。ということで8時30分にJR最南端の駅・西大山に途中下車。

「駅弁ひとり旅」でも描かれた風景はいい感じだったが開聞岳に雲が掛っていたのが残念。後は今回行けなかった稚内のみだ>最○端駅。

9時3分発のワンマンに乗り指宿に向かうがひとつ前の山川駅で「9分停車」という。隣のホームには山川発の快速なのはな。指宿で乗り換えたら席が確保できないかもしれないので山川で乗り換える。案の定指宿では大量のおばちゃん達がわいわいがやがやと突進してきた。雨の予報だったが天気は次第に回復。やっぱり知覧行こうかなあ?地図上では喜入からが近そうだがバスがあるかどうかわからない。鹿児島中央からは確実にある。迷っているうちに寝てしまい気がついたら鹿児島中央。10時36分着。カメラの電池がなくなってたのでビックカメラで購入。まさか鹿児島でも電池が品切れ状態とは。EneloopもEVOLTAも単4しかなし。唯一あった安物の単3をなんとか4本購入。観光案内所で知覧行きバスの時刻表をもらうと次の知覧行きは11時17分発。時刻は11時。昼飯を食う暇はない。駅弁買うか?いや向こうにも店くらいあるだろう。ということで東口のバスターミナルに。

バスは10分以上遅れて入線。観光案内所でもらった地図を見ると、知覧内の武家屋敷入口、中郡、特攻観音前の3つの停留所のうち知覧城に近いのは中郡のようだ。以前行き方調べたときにもそういうの見た記憶がある。バスは途中までは指宿枕崎線に沿うように走っていたが平川から内陸に。ぐんぐん坂を上って特撮で使われそうな採石場や峠を越えると1時間強で知覧エリアに。武家屋敷入口を過ぎ、中郡で下車。ここで降りたのは自分だけ。まあ、そうだろうな。中郡の交差点には知覧城まで1.6kmと。バスもあるようだが本数が少ないので歩く。

天気が良くなって気温も上がったので暑い。どう考えても3月の鹿児島はコートでは歩けない。失敗した。ほとんど標識もないまま簡単な地図を頼りに緩い上り坂を歩く。ようやく道の途中に「史跡 知覧城」の看板。あったあった。右に折れ、今度は下り坂。

5分も歩くと駐車場と広場的なスペース。そこの手前に「→本丸・蔵の城」「→今城・弓場城」の立て札が。とりあえず入ってみる。多少晴れたとはいえ昨日まで雨だったせいで道は多少ぬかるみ気味。

そのまま歩くとそこが郭の間の空堀につながっていた。茨城の小幡城に似た感じだな。

空堀の突き当たりからまずは「→本丸・蔵の城」側に。少し行くと左が蔵の城、右が本丸。まずは蔵の城に上る。郭は結構広い削平地、掘立小屋跡も発掘されたらしい。

蔵の城を降りて本丸に。本丸には「知覧城」の碑。そして桜の木。

ヤマザクラかと思ったらソメイヨシノだった。山間の山城でもう咲いてるのか。さすが鹿児島。こちらには大きなくぼみと木の杭の列があったが特に説明板はなし。

蔵の城と本丸の間の虎口を降りる。

ちょっと戻ると今城と弓場城の分岐点。先に弓場城に。

上ると削平地があるのみで説明板も何もない。降りて今城に。

左は急な崖、右は切岸という山道を上る。滑ると一巻の終わり。

この郭が4つの中では一番広かったが杉林になっていて「桝形」というプレートが虎口にあるだけで何の説明もない。発掘整備途中なのかな?

駐車場に戻り大きな説明板を見ると行った4つ以外にも郭はありそうだったが行き方がわからないのでやめとく。

郭配置図。

中郡交差点に戻り観光地としてはこっちが何倍も有名な武家屋敷群に。

しかし実際は屋敷自体は火事や改築でなくなっていて、残っているのは八か所の庭園と、

二軒ほどの家屋のみ。

途中空腹に耐えかねて(時刻はすでに14時過ぎ)飯食えるところを探す。すると「十割りそば」の幟。

古民家を使った蕎麦屋が営業中。これにしよう。

十割そば。うまい。そば湯、そばおはぎもうまかった。お茶もさすが知覧茶、うまかった。売店で即購入。

武家屋敷っぽい自動販売機。

ついでに知覧城の出城・亀甲城に行く。かなり公園化されていて城の遺構的なものは少ないが、同心円状の郭は残っている感じ。別名の蜷尻城がぴったし。

謎の眼鏡橋。

15時30分になったのでそれ以上の観光はやめ、土産物屋巡りに。知覧まで行って特攻関連見ないのはもったいない気もするが時間はないし、泣く気分じゃないのでやめとく。16時3分武家屋敷入口発のバスに乗って17時20分鹿児島中央駅前着。駅ビルで回転ずし食べて連絡バスで鹿児島空港に。途中「伊敷」を盗って国盗り的にもOK。

20時35分発SNA82便で帰京。飛行機の窓から見える月が大きかった。写真ではいまいちわからんが。22時5分羽田着。家に着いたのは23時。一泊旅行に変更して良かった。



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