明知鉄道沿線城めぐり
12月8日
岐阜住まいも残り短いので岐阜の山城めぐりに。予定した通り朝8時岐南発の名鉄特急で金山下車、駅のファミマに寄ると最近見かけなくなっていた小倉あんサンドが「新発売」を名乗って復活していた。寒い時期限定なのかな?
朝飯はサンドイッチを1個だけ、駅のホームで食う。中央本線快速に乗り換えて9時55分明知鉄道との乗換駅である恵那に着。寒い。
ちょっと離れたところにある明知鉄道恵那駅に。実はホームはつながっているのだが、そこは両方のきっぷを持ってる場合しか通れない。明知鉄道はICカードも使えないからぐるっと回るしかない。
1日フリーきっぷ購入。
10時17分発で終点の明智まで。
飯沼駅は日本一急斜面(33パーミル)にある駅で停まってると傾いて見える。
ごくらく通過。後で来るけどね。
風流な日よけだなあと思ったらどうも大正ロマン号の車体だったようだ。
ヘッドマークにマスコット。
11時6分明智駅着。下調べあんまりしてないのでここからどう行けばいいかもわからない。
大正村広場に観光案内所があったので地図もらう。なんともう一つ明智城があるとのこと。そちらが光秀が生まれた場所らしいが、今日は予定してなかったので行かない。
昔ながらの路地を抜け、大正ロマン村の施設には目もくれずまっすぐ。
この辺はまだ紅葉きれい。
案内図に従ってゆるい坂を上ると明知城。石垣はこれだけ。しかし曲輪が良く残っている。
そして圧巻は畝状竪堀群。これは最初わからなかったので見過ごすとこだった。道に気づいてよかった。
村山家住宅。
大正村役場。ほんとに明治〜昭和30年代まで明智町の役場として使われていたらしい。
いろんなタレントのサインがあったが、やはりこの人のが目につく。
明智駅車庫。予定を追加しなかったので12時36分発のに乗り込み、車内で昼飯のサンドイッチ2個目。今日の食事はこんなもんだろう。
12時59分極楽駅着。10年前にできた新駅らしい。ここから飯羽間城までは1.7kmと。GoogleMapを頼りに歩く。途中ヌートリアらしき動物が川を渡ってるのを見て写真撮るが、後で確認したら露出が暗いとこのままになっていて全然撮れてなかった。
GoogleMapではまだ数百mある感じだったが、目の前に小山。「飯羽間城址」って看板もある。
由来を書いた案内板もあるからここで間違いないだろう。全くGoogleMapは!
しかしここからは登れないらしい。結局進む。
腐った木橋を渡り、藪の中に。写真はフラッシュ使ってるから明るいが、実際はうっそうとした竹林の中を進む。竹が倒れてるので歩きづらい。道があるから進んでいったら行き止まりだった。
右手に人が踏みしめたような段があった。こっちか。
道続いてた。
ところどころにこの看板があるから間違ってないと認識できた。
そして本丸に。ここで13時36分。次に極楽駅を発車するのは14時18分。急がなきゃ。城を降りると44分。あと30分で戻れるか?速足で歩く。残り700mのところで時計を確認すると14時ちょうど。余裕あるじゃん。俺頑張った。
14時18分の列車(電車ではない)に乗って次の目的地・阿木には25分の着。この時間になると列車混んでたなあ。駅前に案内板。あれ阿木城は結構登りキツいのかな?(下調べゼロ)
ここから山道、というところに杖と資料。せっかくなので資料もらって100円寄付。
比高200mを覚悟してたら歩行距離200mだったようで意外と楽に着いた。城めぐりのアプリにも入っていないような城だけど立派な山城だった。
阿木駅に戻る。なぜか歯科医院が併設。もとは駅員が詰めてた場所に入居したのかな?
今の時期はじねんじょ列車か。城見るには時間が中途半端だから使わなかったけどこれもいいなあ。あ、列車が混んでたのはこれの帰りの人たちかな?
恵那には16時4分着、31分発の中央本線快速に乗り換え、金山で名鉄に乗り換えて帰宅。チームでらもDDT大阪も行かなかったけどたまには城もいいさ。
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