| 所在地: | 岡山県岡山市高松 | |
| 最寄駅: | JR吉備線備中高松駅 | |
| 現存遺構: | 曲輪、築堤跡 | |
| 区 分: | 平城 | |
| 城 主: | 石川氏、清水氏、花房氏 | |
| 歴 史: | 1570(元亀元) | 三村氏の重臣・石川久弐が築城 |
| 1575(天正3) | 備中兵乱で三村氏が滅亡、毛利氏は清水宗治を高松城の守将に置く | |
| 1582(天正10) | 羽柴秀吉の水攻めにより開城、宗治は切腹 | |
| 1600(慶長5) | 旗本・花房職之が入封 | |
| 1610(慶長15)? | 花房氏が阿曽に移り廃城 | |
| 1929(昭和4) | 国史跡に指定 | |
JR吉備線備中高松駅から北に約500m、公園に高松城跡の案内板。
水攻め地図。
公園化はされているが遺構はほとんどないそうだ。
この堀も復元。
堀にゴイサギ。
飛んでった。
沼を隔てて本丸跡。
本丸にある清水宗治の辞世の句を彫った碑。
水攻め想像図。築堤で湖になった城を秀吉が上から見下ろす。この水攻めの最中に本能寺の変が起きて秀吉の「中国大返し」が始まることに。
清水宗治の首塚。
城跡から1kmほど離れた蛙が鼻にわずかに残る、水攻めの際に秀吉が築かせた築堤跡。
ここもきれいに公園化されている。
これが築堤跡。
ここから始まって城をぐるっと囲んだらしい。今は高さも2〜3mしかないが、最高地点で8mもあったらしい。ちなみに今はない部分(大部分)の築堤の土は吉備線(明治37年開業)建設の際の盛り土として再利用されたらしい。