江戸城 2008.2.27



所在地: 東京都千代田区千代田
最寄駅: JR東京駅、東京地下鉄千代田線大手町駅・二重橋駅、東西線竹橋駅
別 名: 千代田城、東京城
現存遺構: 伏見櫓、巽櫓、富士見多聞、西の丸大手門、桔梗門、田安門、清水門、桜田門、平川門、北拮橋門、同心番所、百人番所、大番所、曲輪、石垣、堀、土塁
再建建物: 富士見櫓、大手門
区 分: 平山城
城 主: 太田氏、上杉氏、北条氏、徳川氏
歴 史: 1457(長禄元)太田道灌により築城
1524(大永4)北条氏綱が扇谷上杉朝興から江戸城を奪取、以後支城として城代を置く
1590(天正18) 徳川家康入城
1592(文禄元)西の丸を築く
1606(慶長11) 本丸、二の丸、三の丸、外曲輪構築
1607(慶長12)慶長天守完成、北の丸を築く
1611(慶長16)西の丸拡張
1623(元和9)元和天守完成
1624(寛永元)西の丸御殿改築、隠居の秀忠が入居
1629(寛永6)江戸城大修築開始
1634(寛永11)西の丸御殿焼失
1636(寛永13) 江戸城大修築竣工
1637(寛永14)天守台改造、本丸御殿完成
1639(寛永16)本丸御殿焼失(翌年再建)
1657(明暦3)明暦の大火で天守、本丸、二の丸、三の丸まで焼失
1658(万治元)天守台が再建されるが天守は以降再建されず
1659(万治2)本丸御殿・富士見櫓再建
1747(延享4)二の丸御殿焼失(6年後再建)
1838(天保9)西の丸御殿焼失(翌年再建)
1844(弘化元)本丸御殿全焼(翌年再建)
1852(嘉永5)西の丸御殿全焼、再建
1859(安政6)本丸御殿全焼(翌年再建)
1863(文久3)西の丸、本丸御殿全焼(西の丸は翌年再建されるが本丸は再建されず)
1867(慶応3)二の丸御殿全焼
1868(慶応4)江戸城無血開城、明治天皇が入城し東京城と改名
1873(明治6)皇居として使用していた西の丸御殿焼失、青山御所を仮皇居に
1888(明治21)西の丸に明治宮殿完成
1923(大正12)関東大震災で富士見櫓など倒壊(富士見櫓はのち再建)
1945(昭和20) 空襲で大手門焼失
1961(昭和36) 田安門、清水門、桜田門が国の重要文化財に指定
1963(昭和38) 国特別史跡に指定
1967(昭和42) 大手門再建


天気が良いので皇居東御苑に。大手門。

大手高麗門。

内側から。

大手渡櫓門。

正面から。

三の丸尚蔵館前の紅梅。

同じく白梅。

下乗門(大手三の門)。

下乗門の前は元は堀だったから、この石垣は堀に面していたはず。今は埋め立てられてずいぶん低く見えるが。

同心番所。

下乗門(渡櫓門)跡石垣。

百人番所。「鉄砲百人組」と呼ばれた甲賀・伊賀・根来・二十五騎の四組が交代で監視に当たっていた場所。

修理が完了した中ノ御門。

新しい石が入っている。

大番所。

中雀門(書院門)。

富士見櫓。

この石垣は何の跡だろう?

富士見多聞。

石室。

本丸土塁。

早咲きのヤマザクラ。

天守台。

天守台。

汐見坂を下る。

白鳥堀。

汐見坂脇の石垣。

梅林坂。

梅林坂。

紅梅。

白梅。




10回目

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