| 所在地: | 静岡県浜松市天竜区二俣町二俣 | |
| 最寄駅: | 天竜浜名湖鉄道二俣本町駅 | |
| 別 名: | 蜷原城 | |
| 現存遺構: | 曲輪、石垣、土塁 | |
| 区 分: | 平山城 | |
| 城 主: | 松井氏、鵜殿氏、青木氏、中根氏、三浦氏、小原氏、小山田氏、依田氏、大久保氏、酒井氏、堀尾氏 | |
| 歴 史: | 1560(永禄3) | 松井宗恒が築城、笹岡城(二俣古城)より移る |
| 1568(永禄11) | 徳川家康が城を攻め落とし、鵜殿氏長が城番として入る | |
| 1572(元亀3) | 武田信玄が城を落とし、青木又四郎、中根正照、三浦右馬助、小原宮内丞、小山田六左衛門が城番として入る | |
| 1574(天正2) | 武田軍撤退、依田信蕃が守備隊として残る | |
| 1575(天正3) | 信蕃降伏、家康が城を奪回し大久保忠世が入る | |
| 1579(天正7) | 徳川家康の嫡子・信康がこの地で切腹 | |
| 1584(天正12) | 忠世出陣につき酒井重忠が入る | |
| 1590(天正18) | 忠世が家康の関東入部に伴い小田原に、堀尾吉晴が浜松城に入り二俣城はその支城に | |
| 1600(慶長5) | 吉晴が出雲転封、廃城 | |
堤防側からの登城口は堤防工事のため立入禁止になっていた。
なので車道から登る。公園の「園」の字が取れて入口の「口」に引っかかっていた。
食い違い虎口の紅葉。
食い違い虎口を内側から。
天守台。
本丸土塁。
縄張図。
本丸の紅葉。
石垣跡。
天守台。
天守台。
天竜市が浜松市と合併後に新しくできた二俣城址の標柱。
天守台。
天守台上から。
本丸二之門石垣。
同じく。
二之曲輪。
二之曲輪土塁。
二之曲輪の櫓台。
二之曲輪虎口石垣。
崩れてはいるがこれも二之曲輪虎口石垣。
下から二之曲輪虎口石垣。
縦で。
工事中の看板。四阿(水の手曲輪)までは行けるということだが、今回は行かず。
蔵屋敷前にあった比較的新しげな「マムシに注意」の看板。季節的にはもういない頃だが、蔵屋敷はすっかり薮化していたので行かず。
北曲輪。現在は旭ヶ丘神社。
入口の標柱。
案内図。
鹿島橋から二俣城遠景。