浜田城 2007.9.1



所在地: 鳥取県浜田市殿町
最寄駅: JR山陰本線浜田駅
別 名: 亀山城
現存遺構: 石垣、曲輪
区 分: 平山城
城 主: 古田氏、松平氏、本多氏
歴 史: 1619(元和5)古田重治が大坂の陣の功績により入封、翌年から築城開始
1623(元和9)城と城下町完成
1648(慶安元)古田家2代重恒(重治の甥)が無嗣改易
1649(慶安2)松平(松井)康映が播磨山崎より入封
1759(宝暦9)松平家5代康福が古河に転封、代わって本多忠敞が入封
1769(明和6)本多家3代忠粛が岡崎に転封、代わって再び松平康福が入封
1836(天保7)父康定の清・朝鮮との密貿易発覚により4代・康爵は棚倉移封、松平(越智)斉厚が入封
1866(慶応2)第二次長州征伐(四境戦争)の際藩主・武聡は長州軍と戦わず逃走、浜田藩兵により自焼、廃城


浜田駅から20分ほど歩くと城山公園への登り口が。

坂を上りきった城山公園(じょうざんこうえん)広場にはNHKのアンテナがあったり研修所があったり記念碑が所狭しと並んでいたり。これが城跡だろうか?

案内板はある。

修身の教科書の「シンデモ ラッパヲ クチカラ ハナシマセンデシタ」で有名な木口小平の像も。別に浜田の出身というわけではないが、木口の属した歩兵第21連隊が浜田にあり、最初はその営庭にこの銅像があったが1955(昭和30)年頃にここに移築されたとか。

奥には浜田護国神社。この右脇に城跡への登り口が。

石垣。

浜田城跡の碑。

案内板。

浜田県庁の門。浜田城とは関係のない津和野藩武家屋敷門が浜田県庁門として使用されていて、それが1967(昭和42)年にここに移築されたもの。

土塁?

石垣。

石垣。

段になった石垣。

上段。

二の丸石垣。

上から三段になった石垣。

二の門へ。

出丸。今はこちら側からも本丸へ登れるが、

従前はこのように石垣があって通れなかったそうだ。

出丸石垣。

本丸への登り口。

古絵図を見てもこの道は存在しない。




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