| 所在地: | 長野県飯田市追手町 | |
| 最寄駅: | JR飯田線飯田駅 | |
| 別 名: | 長姫城、三本杉長姫城 | |
| 現存遺構: | 桜丸御門、石垣、空堀、二の丸御門(移築) | |
| 区 分: | 平山城 | |
| 城 主: | 坂西氏、武田氏、菅沼氏、毛利氏、京極氏、小笠原氏、脇坂氏、堀氏 | |
| 歴 史: | 1211〜1218 (建保年間) | 坂西長由が築城 |
| 1554(天文23) | 武田氏の支配下となり秋山信友が改築 | |
| 1582(天正9) | 武田氏滅亡後徳川氏の家臣・菅沼氏が入城 | |
| 1590(天正17) | 小田原の役の功により毛利秀頼に飯田の地が与えられる | |
| 1593(文禄2) | 秀頼死去、娘婿の京極高知が入封し近世城郭に改築 | |
| 1600(慶長5) | 関ヶ原の合戦の功により高知が宮津転封 | |
| 1601(慶長6) | 小笠原秀政入封 | |
| 1613(慶長18) | 秀政が松本転封、飯田藩は廃藩となり天領に | |
| 1617(元和3) | 大洲より脇坂安元入封、飯田藩再興 | |
| 1672(寛文12) | 安元の養子・安政が龍野転封、代わって堀親昌入封、以降版籍奉還まで堀氏の居城 | |
| 1872(明治5) | 廃城 | |
飯田駅の南側にある飯田城外堀跡。
飯田最古の道標とか。
桜丸御門。通称赤門。図書館の脇にある。
裏側から。
再度表から。桜丸は三の丸にあたる。
二の丸(美術博物館)の手前を降りる道の途中にある水の手御門跡石垣。上には現在民家が載っている。
その近くの駐車場の石垣。遺構という説明はないが。
本丸の長姫神社にある説明文。これによると本丸の遺構は空堀、神社裏の石積土塁程度らしい。
これが神社裏の石積土塁。
本丸(柳田館)と二の丸(美術博物館)の間の空堀。他にも美術博物館の敷地内に水路跡などが復元されている。
北側の江戸浜町にある旧柳田家門。飯田城は川に突き出した岬のような細長い丘の突端に建っており、武家屋敷に来るには坂を上り下りしなければならない。
江戸町・旧黒須家門。
飯田駅から豊橋方面に4駅、伊那八幡駅近くの木下家に移築されている二の丸御門(八間門)。木下家は藩主の主治医だったとか。
正面から。
接近。
遠景。