| 所在地: | 福岡県太宰府市大字観世音寺 | |
| 最寄駅: | 西日本鉄道太宰府線太宰府駅 | |
| 現存遺構: | 曲輪、土塁 | |
| 区 分: | 山城 | |
| 城 主: | 高橋氏 | |
| 歴 史: | 天文年間 (1532-1555) | 大友家臣・高橋三河守鑑種が宝満山城の支城として築城 |
| 1567(永禄10) | 鑑種が秋月種実と共に毛利氏に寝返る | |
| 1569(永禄12) | 鑑種が大友家の攻撃を受け降伏、以後高橋紹運(大友家臣・吉弘艦理の次男の鎮種)が城主となる | |
| 1586(天正14) | 島津忠長率いる軍の総攻撃を受け落城(岩屋城の戦い) | |
| 1587(天正15) | 廃城 | |
太宰府市街から大野城へと続く四王子林道の途中に岩屋城の登り口が。
説明板。
ここで大野城と岩屋城への道が分かれる。
岩屋城本丸跡。
土塁。
「嗚呼壮烈岩屋城址」の碑。島津軍との「岩屋城の戦い」で半月もの奮戦後岩屋城側将兵763人が全員討ち死にしたことを讃えた碑。
本丸は思ったより狭い。
大野城に上ると「馬責」というエリアが。ここで馬を鍛錬したという言い伝えがあるそうな。
高橋紹運の墓と書かれた石碑。墓はここではなくここから遊歩道を降りたところ。
降りてみると三の丸跡と言われる場所に紹運とその家臣たちの墓が。