金沢城 2010.6.26その3



水の手門。

表から見るとこんな感じ。

内堀。

河北門。

石川門。

石川門石垣の刻印。

刻印。

刻印。

石川門続櫓。

石川門。

お堀通り(旧百間堀)。

石川門。

石川門続櫓、土塀。

太鼓塀。

東の丸東側三段石垣。

UP。

これは明治期の石垣。谷積み。一見美しいが風情を感じない。

本丸南面の高石垣。「自然面を残す粗割石を積み上げた割石積み石垣です。明治時代に上部が取り壊されて現状の姿になりましたが、もとの高さは約十二間(約22m)以上ある場内随一の高石垣でした。三代藩主利常の頃、築城の名手篠原一孝が指揮をとって築いたと伝えられています。」

いもり堀園地から本丸南面石垣。下段は陸軍が積んだ明治40年のもの。

ガクアジサイ。

いもり堀園地には復元時に使われなかった石の展示が。矢穴の開いた石の展示。

刻印。

ここにも切り込みハギ石垣の模型。

復元されたいもり堀。最初に来た時はテニスコートだったなあ。

復元整備範囲。

いもり堀と本丸南面石垣。

鯉喉櫓台石垣。底の部分は現存。

鯉喉櫓台石垣という名前だが櫓は建っていなかったらしい。



鯉喉櫓台の復元説明板。「石川県では、金沢城復元整備計画(H18.5月)に基づき、平成20年12月から『鯉喉櫓台』の復元整備に着手し、平成22年3月の完成により往時の姿が蘇りました。復元工事は、明治40年(1907年)に旧陸軍により削平された現存部から約4.2m分積み増しを行うもので、全体で約900石の石材を使用しています。そのうち、旧陸軍が堀に埋めた約250石(平成15年の埋蔵文化財調査時に発掘)を優先的に使用し、残り約650石を新たに県内産の戸室石を使用しています。また、石積み作業における、石材の粗加工、表面仕上げ、石積みなどの各工程において、石垣技術の専門家の指導のもと、すべて県内の石工職人の手により工事を行いました。」

鯉喉櫓台石垣といもり堀。




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