| 所在地: | 茨城県笠間市佐白山 | |
| 最寄駅: | JR水戸線笠間駅 | |
| 別 名: | 桂城 | |
| 現存遺構: | 八幡台櫓(移築)、石垣、土塁 | |
| 再建建物: | 時鐘楼 | |
| 区 分: | 山城 | |
| 城 主: | 笠間氏、玉生氏、蒲生氏、松平氏、小笠原氏、永井氏、浅野氏、井上氏、牧野氏 | |
| 歴 史: | 1205(元久2) | 笠間時朝により築城(承久年間説もあり) |
| 1590(天正18) | 秀吉の命により宇都宮氏が笠間氏を滅ぼし、宇都宮氏の家臣・玉生高宗が笠間城に入る | |
| 1598(慶長3) | 蒲生秀行の宇都宮入りに従って蒲生郷成が笠間城に入り、櫓など建造 | |
| 1601(慶長6) | 蒲生郷成が秀行に付いて会津に移り、松平(松井)康重が入封し笠間藩立藩 | |
| 1608(慶長13) | 康重が篠山転封、小笠原吉次入封 | |
| 1609(慶長14) | 吉次改易、笠間は天領に | |
| 1612(慶長17) | 松平(戸田)康長入封し再立藩 | |
| 1616(元和2) | 康長転封、永井直勝が入封 | |
| 1622(元和8) | 直勝転封、浅野長重入封 | |
| 1645(寛永21) | 長重の子・長直が赤穂転封、井上正利入封 | |
| 1692(元禄5) | 正利の子・正任転封、松平(本庄)宗資入封 | |
| 1702(元禄15) | 宗資の子・資俊転封、正任の子・正岑入封 | |
| 1747(延享4) | 井上氏三代正経転封となり牧野貞通が入封、以後明治まで牧野氏の居城 | |
| 1871(明治4) | 廃城 | |
まずは八幡台櫓(物見櫓)が移築されている山麓の真浄寺に。
現在は「七面堂」として使われているが、立派な櫓だ。1880(明治13)年に有志の手でこの寺に移築されたそうだ。
寺の脇にある墓地に上ると櫓の全景が見える。そういうのも元の場所にあったらできない話。
真裏から。
櫓の周りを一周回れます。
佐白山麓公園に。居館跡らしいが遺構などはなし。
時鐘楼。模擬復元。本物の鐘は麓の観世音寺にあるそうだ。
山道を登る。先月の二本松城以来の山城だ。つらい。
ようやく山頂に。標高182m。真浄寺からさらに20分ほどかかった。
復元案内図。
本丸跡。
堀切を渡って殿主台に。
天守跡の碑。
関東の城には珍しい石垣。
縦で。
殿主台。この石段は後年作られたものだろう。
この石垣は?
殿主台には現在佐志能神社。
この石垣は殿主台の石垣だろうなあ。
裏に回る。石垣が崩れたものなのか、石が無造作に積んであるだけなのか。
殿主台下の石垣跡。
降りる途中に「石倉」に。この石壁を登れば石倉に行くらしいが、登ってたら足が攣りかけたので断念。
この曲輪は?
八幡台櫓跡だった。
八幡台櫓跡から笠間市街を見下ろす。
曲輪らしきものがたくさんあるのだが、特に説明文がないので何なのかわからない。
帰りは車道を降りる。途中隧道を通る。なんか気味悪いので走って通り抜けたが、有名な「ミステリースポット」らしい。さらに坂を下りていくと突然現れる石垣。
大手門(黒門)跡らしい。
大手門がここにあったのだろうか。
その下は千人溜り跡。現在は駐車場。
道に迷ったら「坂尾門跡」の碑を見つけた。
佐白山を下りて駅に向かう。途中にこういう石碑が。「枡形」がそのままこのへんの地名になってるんだそうだ。
そう言われてみるとクランク状になってるような。