| 所在地: | 福島県二本松市郭内3丁目 | |
| 最寄駅: | JR東北本線二本松駅 | |
| 別 名: | 霞ヶ城、霧ヶ峰城、白旗城 | |
| 現存遺構: | 曲輪、石垣、土塁、井戸 | |
| 再建建物: | 箕輪門、箕輪門付櫓 | |
| 区 分: | 平山城 | |
| 城 主: | 畠山氏(二本松氏)、伊達氏、蒲生氏、秋山氏、松下氏、梅原氏、加藤氏、丹羽氏 | |
| 歴 史: | 1413(応永20) | 畠山満泰が白旗ヶ峰の山頂に居館を構え、二本松氏を名乗る |
| 1586(天正14) | 伊達政宗により二本松氏滅亡、伊達成実が入る | |
| 1590(天正18) | 会津・蒲生氏の支城となり蒲生郷成が入る。この頃本丸石垣整備? | |
| 1598(慶長3) | 上杉景勝が会津に入り二本松城には秋山定綱が入城 | |
| 1601(慶長6) | 再び蒲生氏配下となり梅原弥左衛門が城代に | |
| 1627(寛永4) | 蒲生忠郷が無嗣改易、加藤嘉明の娘婿・松下重綱が入封、二本松藩立藩 | |
| 1628(寛永5) | 重綱の子・長綱が若年を理由に三春に移封、嘉明の三男・明利が入封 | |
| 1641(寛永18) | 明利の死後、代官が入って治める | |
| 1643(寛永20) | 加藤氏改易、丹羽光重が白河より入り、山頂の霧ヶ峰城を廃し山麓に近世城郭の建築開始 | |
| 1868(慶応4) | 戊辰戦争で落城、建物焼失 | |
| 1872(明治5) | 廃城、残った建物全て破却 | |
| 1982(昭和57) | 箕輪門及び付櫓復元 | |
| 1993(平成5) | 本丸石垣復元工事完了 | |
| 2007(平成19) | 国史跡に指定 | |
二本松駅で降り、ちょっと歩くと二本松城への入口に坂下門(大手御門跡)の石垣が。「坂下」というだけあってそこからは坂が続く。
坂を上り終えた峠からの全景。山頂が本丸。ここからちょっと坂を下ると霞ヶ城公園の入口。ちなみに右の方にちょと見える御殿風の建物は宗教関係で城とは関係ないらしい。
箕輪門到着。ここまでは駅の案内板にある通り徒歩約20分。しかしここからが大変なのだ。
箕輪門付櫓。
「二本松少年隊」の銅像と。
付櫓。
箕輪門。
虎口枡形。
付櫓を内側から。逆光。
三の丸に上ると人工の滝が。
梅かと思ったら桜だった。
本丸跡へはこの山を登っていくしかない(車道もあるが)。さっきの坂下門からの坂なんてほんのウォーミングアップだったな。
息を切らして上っていくとようやく本丸の石垣(復元)が見えた。
これは本丸南面高石垣。現存。
本丸石垣。
石は新しいが工法は江戸時代のままとか。
丸亀城にも匹敵する高石垣だな。
ワイコンで撮ってみる。
本丸に通じる石段。
天守台。戊辰戦争までは天守が建っていたという話も(記録はない)。
東櫓台。
西櫓台。
本丸と二本松市街。
天守台からの景色。素晴らしい。
安達太良山。
本丸跡。
天守台。
打ち込みハギ。
こちらの石垣は古い石を使って復元しているのだろうか?
搦手門跡の石垣。いやいや、苦しい思いをして上る価値のある城だった。