| 所在地: | 愛知県田原市田原町巴江 | |
| 最寄駅: | 豊橋鉄道渥美線三河田原駅 | |
| 別 名: | 巴江城、今宮城 | |
| 現存遺構: | 石垣、空堀、水堀 | |
| 再建建物: | 二の丸櫓、桜門 | |
| 区 分: | 平山城 | |
| 城 主: | 戸田氏、今川氏、本多氏、池田氏、三宅氏 | |
| 歴 史: | 1480(文明12) | 戸田宗光が築城 |
| 1548(天文16) | 今川義元が攻略 | |
| 1560(永禄3) | 桶狭間の戦いの後家康の家臣・本多広孝が入城 | |
| 1590(天正18) | 池田輝政が吉田に入城、家老の伊木忠次が城代となり城郭を整備 | |
| 1601(慶長6) | 輝政は姫路転封、戸田宗光の一族である尊次が入封 | |
| 1664(寛文4) | 戸田氏3代・忠昌が富岡転封、三宅康勝が挙母より入封、以後明治まで三宅氏の居城 | |
| 1841(天保12) | 前家老の渡辺崋山が自刃 | |
| 1871(明治4) | 廃城 | |
| 1872(明治5) | 建物すべて破却 | |
| 1958(昭和33) | 二の丸櫓復興 | |
| 1993(平成5) | 城跡に田原町(当時)博物館開館 | |
| 1994(平成6) | 桜門復興 | |
豊橋鉄道渥美線の終点・三河田原駅には観光案内図が常備。それに従って行くと城へ向かう途中に惣門跡石垣。
城との位置関係はこんな感じ。
右端のは遺構ではなく後年積まれたもの。
ちょっと離れたところから。門の片側しか残ってない様子。
藩校・成章館跡は現在田原中部小学校に。
田原城に到着。復元桜門。
桜門の左側が枡堀。
右側が袖堀。昔は当然一周していたが、現在はこの2つだけ。
桜門UP。
田原城址の碑。
復興二の丸櫓。博物館の貯蔵庫・別館扱い。
博物館内にあった古写真では下見板張りのようだったからかなり意匠も異なる復興櫓。
空堀に下りる途中の石垣。
石垣。
ちょっと引いて。
空堀には遊歩道。
井戸跡。
石垣。
石垣。
空堀にはアジサイ。
博物館本館。石垣は模擬。建設時に遺構を破壊したという話もある。展示は田原藩の家老であった蘭学者・画家の渡辺崋山(蛮社の獄で入牢・蟄居の末自刃)中心。
本丸を形成する土塁。
一部石垣も。
別方向から。
本丸は巴江神社。児島孝徳(南朝の英雄で三宅氏の祖)と三宅康貞(家康に仕えた挙母藩初代藩主)を祀る。
本丸土塁。
本丸土塁。
二の丸櫓内にある田原城の模型。やはり二の丸櫓は下見板張り。
横から。本丸に天守など高層建築物はなし。
藤田曲輪側から。藤田曲輪は現在私有地。
再度二の丸櫓。
桜門を横から。
三の丸は護国神社。
曲輪配置図。拡大。