| 所在地: | 福島県いわき市平旧城跡 | |
| 最寄駅: | JR常磐線いわき駅 | |
| 別 名: | 龍ヶ城、飯野城 | |
| 現存遺構: | 石垣、堀 | |
| 区 分: | 平山城 | |
| 城 主: | 鳥居氏、内藤氏、井上氏、安藤氏 | |
| 歴 史: | 1602(慶長7) | 鳥居忠政が築城、大館城から移る |
| 1622(元和8) | 忠政が山形転封、内藤政長入封 | |
| 1747(延享4) | 内藤家6代・政樹が延岡に移封、井上正経入封 | |
| 1758(宝暦8) | 正経が浜松移封、安藤信成が入封し以降明治まで安藤家が城主 | |
| 1868(慶応4) | 戊辰戦争時に平藩家老・上坂助太夫により自焼、廃城 | |
いわき駅を降りて、「平安橋」という名の跨線橋を渡るとすぐに平城跡、ということだったが、城山はどこを見ても住宅街。と、突然石垣が。
石垣UP。
さらに歩く。城跡であったであろう神社は門が閉じられて入れない状態。
突然明治天皇の銅像。なんか色々石碑などはあるが全然整備されていない。
またさらに歩くと丹後沢公園に。
もと平城の内堀だったらしい。
丹後沢の「丹後」は決壊を繰り返す沢を堰き止めて内堀にする工事の人柱になった菅波(すぎなみ)村の丹後という老人の名前からだそうだ。伝説によると工事があまりに難航するため「人柱を立てるより仕方ない」と云うことになり、 その者を決めるにあたって、「着物に横継ぎのある者にしよう」と、菅波(すぎなみ)村の丹後と云う老人が言い出したところ、実際に着物に横継ぎが有ったのはその言い出した丹後だけで、結局その丹後老人が自分の名を残すこと、孫を取り立てることを条件に人柱にされたとか。「菅波丹後の人柱、雉も鳴かずば打たれまい」と人々に詠われた、と。(単に95歳という年齢で選ばれたという説もある)