| 所在地: | 香川県高松市玉藻町 | |
| 最寄駅: | 高松琴平電気鉄道琴平線高松築港駅 | |
| 別 名: | 玉藻城 | |
| 現存遺構: | 月見櫓、水手御門、渡櫓、艮櫓(移築)、石垣、堀 | |
| 区 分: | 平城(水城) | |
| 城 主: | 生駒氏、松平氏 | |
| 歴 史: | 1588(天正16) | 前年引田城に入封した生駒親正が築城着手 |
| 1590(天正18) | 完成 | |
| 1640(寛永17) | 生駒騒動で生駒氏改易 | |
| 1642(寛永19) | 松平頼重(水戸徳川家・頼房の長男、光圀の兄)入封、以後明治まで松平氏の居城 | |
| 1669(寛文9) | 天守を三層五階に改築 | |
| 1671(寛文11) | 披雲閣が建てられる | |
| 1676(延宝4) | 月見櫓が建てられる | |
| 1677(延宝5) | 東之丸に艮櫓が建てられる | |
| 1869(明治2) | 廃城 | |
| 1884(明治17) | 老朽化により天守取り壊し | |
| 1890(明治23) | 城跡の一部が松平家に払い下げ | |
| 1950(昭和25) | 北の丸月見櫓、水手御門、渡櫓、東之丸艮櫓の4棟が重要文化財指定 | |
| 1955(昭和30) | 国史跡指定、高松市が譲り受け公園として一般公開 | |
| 1967(昭和42) | 艮櫓を太鼓櫓跡に移築 | |
| 2006(平成18) | 天守の復元を見越して玉藻廟を取り壊し、石垣修復工事開始 | |
コトデン高松築港駅隣接の玉藻公園が高松城跡。門(西入口)を入っていくとまず廉櫓(れんやぐら)跡の石垣が。櫓は廉櫓の他、弼(ゆみだめ)櫓、文櫓、武櫓、矩(かね)櫓、地久櫓、月見櫓、渡櫓、鹿櫓、太鼓櫓、艮櫓、竜櫓など総数20あったらしい。
二の丸から鞘橋を渡って本丸に。現在の鞘橋は天守が取り壊された1884(明治17)年に架けられたものらしい。
本丸跡の石垣。
天守台に今あるのは松平頼重を祀っていた玉藻廟。御神体は今は移されているので残っているのは1902(明治35)年に建てられた建物のみ(2006年撤去)。
階段から玉藻廟を見上げる。
玉藻廟UP。
高松城には1884(明治17)年まで三層五階、唐造りの天守があった。高松市としては天守台に天守を復元したいらしいが、国の史跡であるため復元するとすれば原型に忠実でなければならない。が、資料となるものが少ないということでまだ復元工事に入っていない。
2005年にケンブリッジ大学で発見された高松城天守の古写真。
鞘橋から披雲閣を見る。披雲閣は三の丸に建てられた藩主住居跡。当時の建物は1872(明治5)年老朽化により取り壊し。
まさに水城、といった感じ。埋め立てが進んで海岸とは離れているものの、今でもこの堀は海水を引き込んでいるらしい。
水門から天守台。
内苑の前を通って北の丸に。現存の月見(着見)櫓。
月見櫓と渡櫓。いずれも重要文化財。
この水手御門も重要文化財。
天守と言っても差し支えないような風格。
見上げてみる。
渡櫓側から。
内苑にある御屋敷跡の披雲閣。今の建物は1917(大正6)年に建てられたものらしい。窓はガラスだった。
披雲閣。
披雲閣から天守台。
披雲閣入り口。今日もお茶会が催されていた。
なかなか豪快な石垣。
桜御門跡の石垣。桜御門は旧文化財保護法により国宝に指定されていたが1945(昭和20)年の空襲で焼失。
桜御門から天守台。
これも現存の艮(丑寅)櫓。ただし場所は太鼓櫓があった場所。艮櫓のあった場所は現在県民ホールになっているため移設されたらしい。
塗り直したばっかりっぽかった。
今は使われていない謎の埋門。
旭門桝形。
玉藻公園東入口の旭門。披雲閣が建てられた後はこちらの門が大手門に代わり使われていたとか。
一旦外に出て外から艮櫓を見る。
桜の馬場と呼ばれる一帯。その南に昔大手門があった。
その桜の馬場から天守台を見る。天守台の後ろの建物はANAホテルクレメント高松。
桜の馬場から披雲閣。
内苑御庭。公園としての整備のされ方が素晴らしい。