| 所在地: | 長野県伊那市高遠町東高遠 | |
| 最寄駅: | JR中央本線茅野駅またはJR飯田線伊那市駅からバス | |
| 別 名: | 兜山城 | |
| 現存遺構: | 伝大手門、土塁、曲輪、空堀 | |
| 再建建物: | 太鼓櫓 | |
| 区 分: | 山城 | |
| 城 主: | 木曽氏、高遠氏、武田氏、毛利氏、保科氏、岩崎氏、鳥居氏、内藤氏 | |
| 歴 史: | 1338〜41 (暦応年間) | 木曽義親が築城? |
| 1545(天文14) | 武田信玄が高遠頼継を攻め高遠城攻略 | |
| 1547(天文16) | 信玄が山本勘助、秋山信友に命じて大改修 | |
| 1562(永禄5) | 諏訪(武田)勝頼が城主に | |
| 1570(元亀元) | 勝頼が躑躅ヶ崎に入り、信廉が城主に | |
| 1581(天正9) | 信玄の五男・仁科盛信が城主に | |
| 1582(天正10) | 織田信忠が盛信を滅ぼし高遠城落城、その後毛利秀頼が城主に | |
| 1582(天正10) | 本能寺の変に乗じて木曽義昌が城を占領するが保科正直が城を奪回 | |
| 1590(天正18) | 家康関東入りに従い正直の子・正光が下総多胡に移封、毛利秀頼の家臣・岩崎左門が城代に | |
| 1601(慶長6) | 保科正光が入城、高遠藩立藩 | |
| 1636(寛永13) | 正光の養子(徳川秀忠の子)正之が山形転封、鳥居忠春入封 | |
| 1691(元禄4) | 忠春の子・忠則が改易され内藤清枚が入封、以後内藤氏が明治まで城主 | |
| 1872(明治5) | 廃城、建物はすべて解体撤去 | |
| 1875(明治8) | 高遠城址公園として整備 | |
| 1902(明治45) | 太鼓櫓再建 | |
| 1948(昭和23) | 問屋門を高遠本町から移築 | |
| 1973(昭和48) | 国史跡に指定 | |
行きはJR中央本線茅野駅からバスで1時間。渋滞のため高遠バスターミナルまで行けない、ということで高遠中学校前で下車、そこから徒歩約20分(ターミナルからも同じくらい)。城の東側の空堀に咲く桜。高遠城の桜はソメイヨシノではなくコヒガンザクラだそうだ。ややピンクが濃いかな。
空堀跡。
桜。
南口脇の謎の建物。
中央アルプスと桜。
南口から入るとまず法憧院曲輪に入る。
法憧院曲輪と南曲輪を結ぶ土橋。
桜。
どこを見ても人だらけ。桜の最盛期だから当たり前だが。
南曲輪と本丸の間の空堀。
本丸の太鼓櫓。1902(明治45)年の再建。
太鼓櫓。
本丸から。
太鼓櫓。
桜UP。
桜と雲。
桜UP。
本丸の桜。
これは城門ではなくて城下町の門を移築してきた問屋門。
桜。
わかりにくいが本丸と二の丸の間の空堀。
問屋門。
問屋門。
問屋門脇のこの石垣は当時のままと説明が書いてあったが?
問屋門から見た桜。
問屋門と桜。
桜UP。
空堀跡の桜。
見上げる。
本丸と二の丸の間に架けられた桜雲橋。