| 所在地: | 三重県度会郡玉城町田丸字城郭 | |
| 最寄駅: | JR参宮線田丸駅 | |
| 別 名: | 玉丸城 | |
| 現存遺構: | 富士見門、三の丸奥書院(移築)、石垣、曲輪、堀 | |
| 区 分: | 平山城 | |
| 城 主: | 北畠氏、織田氏、田丸氏、稲葉氏、加納氏、久野氏 | |
| 歴 史: | 1336(延元元) | 北畠親房が築城 |
| 1569(永禄12) | 織田信長伊勢制圧、田丸城は破却 | |
| 1575(天正3) | 信長の次男・信雄が入城、城に大改修を加え三層の天守を上げる | |
| 1580(天正8) | 放火のため焼失、信雄は松ヶ島城に移る | |
| 1584(天正12) | 蒲生氏郷の持城となり、妹婿の田丸直昌(直正、具直)が城代として入城 | |
| 1600(慶長5) | 直昌が蒲生氏郷会津転封に伴い三春に移り、代わって稲葉道通(重通)入封し田丸藩立藩 | |
| 1616(元和2) | 道通の子・紀通は摂津中島に転封、伊賀・伊勢国主の藤堂高虎の領となり、加納藤左衛門が代官に | |
| 1619(元和5) | 紀州徳川藩領となり家老の久野宗成が入城、以後明治まで久野氏が城主 | |
| 1869(明治2) | 廃城 | |
| 1871(明治4) | 建物全て破却、払い下げ、城跡は国有林に | |
| 1928(昭和3) | 朝日新聞社創立者の村山龍平氏(玉城町出身)に払い下げ、村山氏の寄付により町有となり公園として整備される | |
JR参宮線・田丸駅を出て左手に7分ほど歩くと保育園の前に堀。堀に沿って歩くと「大手門橋」が。他にも登り方あるみたい(線路沿いにも山道の登り口があった)だけど、撮影ポイントが多そうな方を選択。
大手門橋。
大手門跡石垣。
役場奥の石垣。
玉城中学校への登り口。
巨木と石垣。
石碑。
案内図。クリックすると拡大。
中学校の虎口。
石垣。
少し紅葉。
中学校の脇の道を裏側に回ると唯一の遺構らしい富士見門があった。この門の右に山道の遊歩道、前をアスファルト舗装されてる道があったが、アスファルト道は中学校にしか行かないと思い込み山道を選択。
山道をしばらく歩くと突然視界が開け石垣が。
逆光だったので横に回って。
石垣。
右下に見える木の階段を登ると本丸石垣に。
あ、こっちからも来れたのね。
本丸石垣。
本丸石垣。
本丸石垣。
本丸虎口。この辺の石垣はだいぶ積み直されたっぽい。
本丸。建物は何もない。
二の丸へ続く門の跡。
同じく。
二の丸石垣。
二の丸跡。
二の丸石垣。
二の丸の紅葉。
崩れて接近禁止になってる石垣。
二の丸虎口。上から。
下から。下は中学校のテニスコート。
石垣。
本丸と二の丸を繋ぐ橋の部分。