| 所在地: | 島根県安来市広瀬町富田(とだ) | |
| 最寄駅: | JR山陰本線安来駅 | |
| 現存遺構: | 曲輪、石垣 | |
| 再建建物: | 花の壇主屋、侍所 | |
| 区 分: | 山城 | |
| 城 主: | 尼子氏、塩治氏、福原氏、口羽氏、天野氏、毛利氏、吉川氏、堀尾氏 | |
| 歴 史: | 1185(文治元)頃 | 佐々木義清が築城? |
| 1395(応永2) | 出雲国守護代の尼子持久が入城 | |
| 1484(文明16) | 持久の孫・経久が出雲守護の京極政経により追放される | |
| 1486(文明18) | 経久が富田城奪回 | |
| 1541(天文10) | 第一次月山富田城の戦い、経久の孫・晴久が大内・毛利連合軍を撃退 | |
| 1566(永禄9) | 第二次月山富田城の戦い、晴久の子・義久が毛利元就に敗れ落城、毛利領となり福原貞俊、口羽通良らが城代に | |
| 1567(永禄10) | 天野隆重が城代に | |
| 1569(永禄12) | 毛利元秋(元就五男)が城督として入城 | |
| 1585(天正13) | 元秋没し、毛利元康(元就八男)が城督に | |
| 1591(天正19) | 吉川広家が入封、元康は神辺城に移る | |
| 1600(慶長5) | 広家が岩国転封、堀尾吉晴が入封 | |
| 1611(慶長16) | 吉晴及び家督を継いだ孫の忠晴が松江城に移り富田城は廃城 | |
| 1934(昭和9) | 国史跡に指定 | |
安来駅からイエローバス米子−広瀬線に乗るのがよい、ということだが、2時間に一本しかないのに乗り遅れたため安来駅からタクシーで。3000円弱で大手門下まで。ちなみに「月山富田城まで」と告げると「広瀬の富田城ね」と確認された。地元の人は「月山」は付けないらしい。
大手門跡の標柱。
大手門脇の石垣。
大手門石垣。
山中御殿平に。富田城跡の案内板。
山中御殿平の復元石垣。
山中御殿平。
石垣。
菅谷口からの入り口、菅谷虎門の石垣。
石垣と井戸。
石垣。
ちょっと上ったところから山中御殿平を見下ろす。
七曲の途中の山吹井戸。
三の丸到達。
二の丸には上らず、まずは右手に回って本丸を目指す。途中の石垣。
石垣。
石垣。
石垣。