| 所在地: | 茨城県土浦市中央1丁目 | |
| 最寄駅: | JR常磐線土浦駅 | |
| 別 名: | 亀城 | |
| 現存遺構: | 櫓門、前川門、霞門、土塁、堀 | |
| 再建建物: | 西櫓、東櫓 | |
| 区 分: | 平城 | |
| 城 主: | 若泉氏、菅谷氏、小田氏、結城氏、松平氏、西尾氏、朽木氏、土屋氏 | |
| 歴 史: | 永享年間 (1429-1441) | 若泉三郎が築城 |
| 1516(永正13) | 菅谷勝貞が若泉五郎右衛門を滅ぼし入城 | |
| 1569(永禄12) | 佐竹により小田城を追われた小田守治が入城 | |
| 1590(天正18) | 小田氏所領没収、家康の次男・結城秀康が土浦に入る | |
| 1601(慶長6) | 松平(藤井)信一が藩主となり城郭整備 | |
| 1617(元和3) | 信一の子・信吉が高崎転封、西尾忠永が入封 | |
| 1649(慶安2) | 忠永の子・忠照が転封、朽木稙綱入封 | |
| 1662(寛文2) | 稙綱の子・稙昌転封、土屋数直が入封、以後11代明治まで土屋氏の居城 | |
| 1873(明治6) | 廃城 | |
| 1884(明治16) | 本丸館(当時新治県役場)が焼失 | |
| 1950(昭和25) | 台風で損壊した西櫓を解体 | |
| 1991(平成3) | 西櫓復元 | |
| 1998(平成10) | 東櫓復元 | |
JR常磐線土浦駅から徒歩15分、霞門から入る。
市指定文化財の霞門を内側から。この霞門は今は駅から来る人の亀城公園の入り口であるが往時は本丸の裏口だったらしい。
1998(平成10)年に木造で再建された東櫓。現在は博物館別館。往時も文書倉だったそうなので役割的には同じか?
土塁の上から東櫓。
現存の櫓門(太鼓櫓)。
1656(明暦2)年に改築されたといわれる。その歴史が不確かなせいか県指定の文化財にとどまっている。
縦で。鯱の乗る立派な屋根には鳩がたくさん。
内堀も一部残されてはいるが、水城だった当時の姿はどこにもない。
西櫓。
土塁に上って。
本丸の内側から。石垣がないのが関東の城の特徴。
斜めで。
本丸跡。明治までは400畳ある本丸館が残っていたらしいが、今はただの広場。さらに二の丸は子供の遊び場。木の植えられ方とかこの本丸の整備のされ方が城目当てに来た人のガッカリ感を誘うのだろうなあ。門3つ現存、櫓2つ復元とあればいい方だが、そうではないのもなんか納得。石垣のない平城では仕方のないことかもしれないが。
再度櫓門。
別角度から。
二の丸門のあった場所に他のところから移築された旧前川門(高麗門)。
もともとは外郭と武家屋敷の間あたりにあったとか。
ちょっとUPで。
ぐるーっと回って東櫓。
真横から。もうちょっと木はきれいに剪定した方がよいのでは?
逆光。
一周回ってきた。
東櫓内部に。入館料は隣にある博物館と共通で105円。これは西櫓に乗っていた鯱。
東櫓天井裏。