| 所在地: | 沖縄県浦添市仲間2丁目 | |
| 現存遺構: | 石垣、曲輪 | |
| 区 分: | グスク | |
| 城 主: | 英祖王統、察度王統、尚氏 | |
| 歴 史: | 13世紀 | 英祖王統により浦添グスクが築城(伝承では天孫氏が12世紀に築城) |
| 14世紀末 | 察度王統により城域が広がる | |
| 1406(応永13) | 察度王統が尚巴志に滅ぼされる。王宮は浦添から首里に移転、浦添は荒廃 | |
| 1524(大永4) | 尚真王の長男・尚維衡が浦添城を整備して移住 | |
| 1589(天正17) | 浦添家4代の尚寧が琉球国王になる | |
| 1597(慶長2) | 浦添城から首里までの道を整備する | |
| 1609(慶長14) | 薩摩軍の侵攻により焼失 | |
| 1620(元和6) | 尚寧王が浦添ようどれを改修 | |
| 1945(昭和20) | 沖縄戦で激戦地となり浦添城、浦添ようどれともに破壊 | |
| 1955(昭和30) | 琉球政府がようどれの墓室を修復 | |
| 1972(昭和47) | 沖縄県本土復帰 | |
| 1989(平成元) | 国史跡指定 | |
| 2006(平成18) | 浦添ようどれを復元 | |
案内図。拡大。
案内板。
ここもか。ここは特にこの看板が多かった。そんなに出るんだったら「浦添グスク観光は長靴持参で」くらい言った方が親切ではなかろうか?
現存石垣。
ちょっとUP。
こちらも残存(基部のみ)城壁。
ディーグガマ。
これは復元石垣かな?
トゥン。「殿」という字が当てられる。主殿部分。
日本の城なら「腰曲輪!」と言いたいとこだがそうではないんだろうなあ。
上から復元されたようどれを見下ろす。
ようどれの案内図。
ようどれ入口。
こっちの石垣のほうが気になるなあ。ようどれの下は現在も整備工事中。
暗しん御門(クラシンウジョウ)。往時は自然石によってトンネルになっていたらしいが、沖縄戦の際に吹き飛んだそうである。
二番庭から一番庭に。
内側から。
西室。英祖の王陵といわれる。
東室。尚寧の王陵といわれる。
一番庭の奥。
復元された石垣。
浦添グスク・ようどれ館にあった発掘調査開始時の写真。