和歌山城 2003.7.19その2



本丸御殿跡はなぜか大正時代から水道局の給水所になっている。なんでこんなところに作ったのか?

本丸御殿跡へ上る階段から見た天守。天守は国宝に指定されていたが1945(昭和20)年の空襲で焼失、9年後の1954年に藤岡通夫博士の設計により鉄筋コンクリートで再建。

ちょっとUPで。

天守を下から見上げる。

本丸に入る門と二の門櫓。

天守。

ここから本丸郭に。

天守。

二の門櫓を内側から。

乾櫓を内側から。

大天守と小天守。

小天守。

大天守三階から見た本丸御殿跡(給水所)。ただの森にしか見えないが目隠しのつもりだろうか?

郭を形成する櫓、多聞。すべて再建。

乾櫓。

ふたたび天守。壁がかなり傷んでいる。天気も悪かったので二ノ丸庭園などは見なかったのだがそれでも1時間半ほどかかった。これだけ広いエリアが保存されてるのに本丸御殿跡の給水所、周りの役所、神社などが城跡を台無しにしてるのがもったいない。




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