| 所在地: | 宮城県遠田郡涌谷町涌谷字下町 | |
| 最寄駅: | JR石巻線涌谷駅 | |
| 別 名: | 涌谷要害 | |
| 現存遺構: | 石垣、隅櫓 | |
| 再建建物: | 模擬天守 | |
| 区 分: | 平山城 | |
| 城 主: | 涌谷氏、涌谷伊達氏 | |
| 歴 史: | 1430(永享2) | 大崎氏の家臣・涌谷氏が築城? |
| 1590(天正18) | 大崎氏・涌谷氏滅亡 | |
| 1592(天正20) | 亘理元宗(伊達稙宗の十二男)が葛西・大崎の一揆後涌谷に入る | |
| 1606(元和4) | 元宗の孫・定宗が伊達姓を受け涌谷伊達家となる | |
| 1671(寛文11) | 涌谷伊達家2代目当主の伊達宗重が家老の原田宗輔に殺害される | |
| 1833(天保4) | 隅櫓(太鼓堂)再建 | |
| 1872(明治5) | 廃城、隅櫓以外の建物破却 | |
| 1973(昭和48) | 天守風の涌谷町立史料館完成 | |
| 2003(平成15) | 詰門跡石垣崩落に伴い積み直し工事 | |
JR石巻線涌谷駅で降り、駅前から伸びる通りを歩いていくと10分弱で涌谷川にかかる涌谷大橋に。大橋からもう涌谷城が見える。
城山公園入り口から涌谷町立史料館(天守風の建物。聞きしに勝るカッチョ悪さ)と現存の隅櫓(太鼓堂)。
隅櫓。2003年の地震の際に隅櫓の下の詰門跡石垣が崩れ積み直し工事が行われたらしい。隅櫓もその時に多少お色直ししたのか妙にテカテカしていた。
石段の途中から。
内側から。
史料館の前から。
居館跡は広場。21棟の建物があったらしい。天守はなし。
トンボ。
一部分だけ色づいたカエデ。
城山公園の奥、涌谷氏時代の本丸は涌谷神社に。手前の二本の柱は折れた鳥居。
涌谷神社。祀ってあるのは「伊達騒動(寛文事件)」で原田甲斐に殺された涌谷伊達家2代当主・伊達安芸宗重。
史料館(入館料210円)にあった図面。これによるとなかなか立派な要害であったような感じ。
再び隅櫓。
縦で。
こちら側の斜面はもともと石垣はなく、上の図面を見ても崖状態だったようだ。
隅櫓。
涌谷川と涌谷大橋。
大橋のたもとに大手門があったらしい。これはその跡を示したつもり?
涌谷城遠景。
涌谷駅にあった案内図。これじゃまるで大阪城・・・・。