吉田城 2003.8.12



所在地: 愛知県豊橋市今橋町
最寄駅: 豊橋鉄道東田本線市役所前停留所
別 名: 今橋城、豊橋城、吉祥郭、峯野城、歯雑(おかさわ)城
現存遺構: 曲輪、石垣、土塁、堀跡
再建建物: 鉄櫓(形は入道櫓)
区 分: 平城
城 主: 牧野氏、戸田氏、松平氏、小原氏、酒井氏、池田氏、水野氏、小笠原氏、久世氏
歴 史: 1505(永正2)牧野古白(成時)が今橋城を築城
1506(永正3)今川氏親と戸田氏に攻められ古白が討ち死に、戸田宣成の居城に
1522(大永2)古白の子・信成が今橋城を奪回、吉田城に改名
1529(享禄2)松平清康が攻め落とし信成討ち死に
1535(天文4)清康没し松平氏撤退、牧野成敏(信成の弟だが松平家臣だった)が城主に
1536(天文5)戸田宣成が成敏を追い出して城主に
1546(天文15)今川義元が宣成を攻めて吉田城制圧、小原鎮実を城代に
1565(永禄8)松平家康が吉田城攻略、攻城戦に功のあった酒井忠次が城主に
1590(天正18)家康関東入部に伴い忠の子・家次が下総臼井に移封、池田輝政が入封し城を大改築
1600(慶長5)輝政が姫路転封のため城郭整備は未完に終わる
1601(慶長6)松平(竹谷)家清入封
1612(慶長17)竹谷松平氏無嗣断絶に伴い松平(深溝)忠利が入封
1632(寛永9)忠利の子・忠房が刈谷に転封、代わって水野忠清が入封
1642(寛永19)忠清が松本に転封、代わって水野忠善が入封
1645(正保2)忠善岡崎に転封、代わって小笠原忠知が入封
1697(元禄10)小笠原長重が岩槻転封、代わって久世重之入封
1705(宝永2)重之が関宿転封、牧野成春入封
1707(宝永4)宝永の大地震で本丸御殿倒壊
1712(正徳2)成春の子・成央が幼少のため延岡に転封、吉田には松平(長沢)信祝が入る
1729(享保14)浜松の松平(本庄)資訓と所領入れ替え
1749(寛延2)信祝の子・松平信復が資訓に代わって入封、以降明治まで長沢松平氏の居城
1868(明治元)三河吉田から豊橋に改名
1871(明治4)廃城、兵部省管轄となり名古屋鎮台豊橋分営が置かれる
1873(明治6)失火で建物焼失
1875(明治8)陸軍第18聯隊が置かれる
1954(昭和29)鉄櫓(入道櫓)再建


豊橋鉄道(路面電車)市役所前駅から歩いて1分、豊橋公園の入り口は吉田城の三の丸門跡。

案内板はこれだけ。

二の丸跡。

着到櫓跡。

冠木門跡。

冠木門跡横の空堀。

冠木門跡の石垣。

石垣。

南御多門跡。

本丸跡。天守はなかったが四隅に鉄櫓、入道櫓、辰巳櫓、千貫櫓があった。

本丸を囲む石垣。

辰巳櫓跡。

鉄櫓の跡地に鉄筋コンクリートで再建された入道櫓(を模して造られた隅櫓)。

裏御門跡。

入道櫓。

縦で。

違う角度で。

裏にはすぐ豊川が流れる。




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