旅日記vol.22



10月8日

仕事を早々に切り上げて、19時10分のJAL長崎行きで帰省。台風22号の影響で高松行き・宮崎行きは「羽田に引き返すおそれあり」の注意が出る。長崎行きは大丈夫なようだ。しかしなんだかんだで離陸が遅れ、長崎着も25分遅れた。長崎の空港連絡バスは飛行機の到着を待ってくれるからいいけど。去年は博多からJRで移動したのでこの空港バスは使わなかったのだが、今日乗ってびっくり。長崎空港から30分で長崎市内・新地に到着。あんなとこ(梅香崎)にトンネルの出口があるなんて。地図買って帰ろう。もう私の知ってる長崎とは全然違ってるから。

そういえば子供のときはただの裏山だったとこにも道路ができてて、すごい角度(実際はどうか知らんが体感的には二度と通りたくない。夢に見るくらい)で山を登ると高速への近道だったりするんだが、長崎はそういう無茶な公共工事でもせんと景気もよくならないんだろうねえ。街はさびれてはいないけど。

長崎では23時15分から「探偵!ナイトスクープ」やってんだよなあ(福岡でも)。だから昔はよく見てた。今日久しぶりに見た。まだ岡部まりが秘書やってるのか!


10月9日

朝5時に起きて大波止のお旅所に。6時だといい場所確保できるんだよね、無料の。7時に東古川町の川船で長崎くんち・後日のスタート。昨年一昨年は「長崎くんちモッテコーイ」というくんち直後のイベントだったので、実際の奉納踊りと違って傘鉾や神事がなしだった。今年は本場所、全く違う。お目当ての樺島町・コッコデショは7つの踊り町の5番目。やっぱり最高に盛り上がる。今年くんちを見に帰れてよかった。そう思わせてくれた。次に見れるのは2011年だからなあ。しかしコッコデショが終わったら帰る客がいたのはあと2つの踊り町に失礼。11時にお旅所での奉納踊りは終了。結局5時間立ちっぱなし。さすがに足が疲れた。写真はこちら

お旅所近辺の露店。何も買わないけど。自分が子供の頃に比べたら随分露店の数は減った印象。

出島は現在も復元工事中。

復元済みの建物。

これも。ちなみに左の建物はみやげもの屋。

2010年までには江戸時代に市中と出島をつないでいた橋を復元する予定らしいが、それだとこの白い建物は立ち退かせて取り壊すのかな?

明治時代に埋め立てで陸続きになった出島をまた「島」にする計画もあるらしい。車道を掘り返して水路づくり。

横の道路は狭くなったためにほぼ路面電車専用になってた。

昨日驚いた出島道路の出口。親に聞いたら昔はゼネコンのビルがあったそうだ(覚えてない)。そこをぶっつぶして(当然取引はあっただろう)トンネル(オランダ坂トンネルだってさ)の出口を作り、そこに通ってた道(もともと梅香崎通りという名だったのだが最近はオランダ坂通りという名になってるらしい)は橋の下をくぐる形に。

横から見た。

オランダ坂通りからオランダ坂へ。

ここまで来たのでついでにオランダ坂に行ってみる。ここは旧称「ロティ坂」。

東山手洋館群。

これも。

入り口。昔は普通に人が住んでたのだが、今は観光地化されてるようだ。

ここもオランダ坂。この風景はよく小学校の写生大会で描いたものだ。

日本で一番古い肉屋と言われる石橋の深堀精肉店。

四海楼にちゃんぽん食いに。最初は新地中華街の江山楼にしようかと思ってたんだが、毎回同じなのもなんだし、たまにはと思い「ちゃんぽんの元祖」四海楼に。ここで食べるのは小学校の同級生だった陳君(陳優継氏、のちに社長)の家(ビルの最上階だったかな)に遊びに行って以来30年ぶり。以前あったビルは取り壊され、4年前に建った新しいビルが。こんなでっかいビルなのに食べられるところは5階のレストランと4階の個室部分だけだった。あとはちゃんぽんミュージアムとかみやげもの店とか。

30分ほど待たされてようやくちゃんぽん食べる。待たされたこともあって「何だよこの錦糸卵は!こんなんで差別化して値段上げてんじゃないよ!」(他のとこはだいたい800円弱だが四海楼は997円)と思ったが、一口二口と食べていくうちにだんだんこの味に魅了されてしまい、結局スープ飲み干してしまった。ちゃんぽんは長崎人のソウルフードなのか?でもやっぱり初めての人には江山楼を勧めたい。ちなみに皿うどんも四海楼は「本家」を名乗っているが、四海楼の皿うどんは長崎でよくある細めんではなく太めんだった。

電車で中心街に戻り、「庭先廻り」(寄付のお礼に踊りをちょっとだけ店の前などで披露する)を追っかける。今年は「おくんちナビ」というシステムで、各踊り町の先頭がどこにいるかを携帯で追跡できるようになっている。なので例年にはない「待ち伏せ」が多数。このシステムもよしあしだなあ。

観客引き連れて狭い道に進んで行く。

眼鏡橋。17時まで庭先廻り見て実家に帰宅。



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