また西日本遠征。



6月30日

DDT「GO! GO! WEST」ツアー3連戦を全戦観戦すべく、金曜から休みを取った。別に3つ見なきゃいけないってこともないのだが、今日のカードが一番面白そうだったからね。まずは大阪。普通だったら新幹線で行くところだが、今JALのマイル3倍キャンペーン中なので飛行機にする。値段はあまり変わらないし。12時45分、定時よりちょっと遅れて伊丹空港に着く。昼飯は空港のそじ坊で。出発ロビーまで歩いて大阪っぽいものにすればよかったと後で気づく。到着ロビーはあんまり店ないもんね。

試合の前に城。13時36分発池田行きの路線バスで池田城跡の最寄のバス停「五月山公園」に。池田城跡は公園として整備され、模擬天守が建っているのは予習済み。まずは公園隣の勤労センターにある展示物を見学。戦国時代の城ということで元来天守というものはなかったようだ。

公園に行く。きれいに整備してある。手がかかってるなあ。唯一の遺構である空堀がコンクリートの遊歩道になってるのはちょっとやり過ぎかなあ。板道かなんかにしてほしかったが。それほど時間かけることもなく、阪急池田駅に。

宝塚本線で今日の会場近くの庄内へ。このへんにも城があるということだったが全く見つけることができない。まだ時間がある。高槻までの時間を調べると30分ほどで行けるようなので急遽高槻城に行くことに。高槻城跡は阪急の高槻市駅から徒歩10分。ちょっと雨がぱらついてきた。ここも遺構はほとんどなく、二の丸跡にそれらしき石垣があるのと、実際に使われていた石があるくらい(あと、近くの寺に移築城門)。都市部の平城は悲惨だなあ。最近になって調査しよう、発掘しよう、整備しよう、としたところですでに徹底的に破壊されてるし権利はややこしくなってるし、だもの。

また庄内に戻り、いよいよ会場の豊中市立ローズ文化ホールに。市立体育館と同じ建物だが、DDTが使うのは演劇用のホール。高木三四郎の父親が見に来ており坂井に襲われていた。終了は21時。2時間ちょうど。観戦記

今回割引券を持ってたのと翌日の移動を考えて尼崎の東横インに予約を入れていた。なので試合終了後は即座に移動。しかし梅田に着いたところで空腹に耐えかね、阪急東通商店街の「美舟」に。よかったまだ開いていた。久々だ、「美舟」のお好み焼き。うまい。

JR大阪駅から尼崎に。しかし実はここで大きな間違いを犯していた。予約していたのは「阪神尼崎駅前」のホテルで、JRの尼崎駅と阪神尼崎駅は3km近く離れているのであった。梅田は当然阪神のターミナルでもあり、阪神本線で阪神尼崎駅に向かうべきであった。JR尼崎駅に着いても駅前にホテルはない。割引券見ると「阪神尼崎駅前」とでっかく書いてるし。夜中に知らない道を3km歩く気は起きず、タクシーで移動。割引の分(1,000円)がタクシー代でチャラになってしまった。


7月1日

この3連戦、天気がよければ城もいろいろ見るつもりだったがどうにも天気が悪い。朝起きるとどんより。これではあんまり急ぐこともない。まずはホテルの近くにある尼崎城跡に。ここも模擬石垣のみ。

ホテルに戻りおにぎりを食べて本格的に移動開始。まずは伊丹城に。ここはJRの伊丹駅前。石垣が残っているということだったが、城跡公園を形成する石垣はすべて模擬。残っている石垣はコンクリートで固められていた。むむむ。

福知山線で新大阪に戻り、新幹線で福山に。新大阪駅の駅弁で早めの昼食。福山駅でさらに夕飯用の駅弁「あなご飯」を買っておく。福山駅前に出ると凄い雨。これは厳しいな。雨が上がったところで山城は無理だ。ということで山城ではない鞆城に行くことに。鞆城のある鞆の浦は福山からバスで30分。15分おきにバスが出ていた。来てから気づいたが有名な観光地なんだね。雨は上がっていた。鞆城跡は歴史資料館。ここも石垣が一部残っているが大部分は資料館建設時に積んだものらしい。今回はこういうのばっかりだな。しかも資料館に城の資料はなし。資料館のビデオで鞆の浦の名物「保命酒」というのがあるということを知る。資料館を出て鞆港あたりをぷらぷらと歩くとみやげ物屋があったので試飲。有名な「養命酒」よりこっちの方が元祖なんだそうだ。

天気がよければもっといい感じだったかも知れないが、この天気では、ということで早々と福山に戻る。で、駅前の福山城に。二度目なので前回見てないところを回る。

17時半、会場に向けて福塩線に乗る。今日の会場は福山市郊外にある「ビッグローズ」という展示場。とにかく不便。普通そういうところには駅から直通バスがありそうなもんだが見つけられなかった。なのでJR。

最寄り駅は万能倉(まなぐら)。駅からは1kmちょっとか。歩けない距離ではない。駅に着くと窓口は18時までということだったので帰りの切符も買っておく。ほとんど農道みたいな道を歩く。途中で国道に出る。そこからはまっすぐ。わかりやすいと言えばわかりやすいが。

会場で「あなご飯」食す。うまい。白焼き風のあなごがふわふわ。駅弁でこのふわふわ感は他にない。これはすばらしい。その後新藤リングアナから「場内への飲食物の持ち込みは禁じられております。」のアナウンス。すんません。福山といえばHANZO率いるレッスルゲイトの本拠地。ということで今回はレッスルゲイトからHANZOを含む6人が参戦。さらに広島県出身の吉田万里子もゲスト参戦。さらにさらに、あまり公表されていないが男色ディーノも広島県の生口島(いくちじま)の出身であるらしい。

で、休憩時間。坂井が「男色ディーノの出生に興味のある方は売店にどうぞー!」と叫んでいる。行ってみると手縄をつけられたディーノがサインを強制させられていた。

その前にはひとりの女性。ディーノの母親らしい。最近売り出したパンツを買うと息子にサインしてもらう母親。坂井がインタビュー。「試合を見て率直な感想を。」「ショックでした。」ディーノ「だから来るなっつったろ!」「息子さんがこういうことをやっているというのはご存じなかったんですか?」「プロレスをやってるというのは聞いてましたし、うすうすとは。」「雑誌かなんか見られたんですか?」「いや、ネットで。」「ネットなら『うすうす』どころじゃないでしょ!」落ち込むディーノ。写真を撮ってると「観戦記にも書いていいことと書いて悪いことがあるからね。」と釘を刺してきた。でも書いた。

終了は21時半。観戦記。ちょっと長めだったか。さて万能倉まで歩くか。行きの農道にはほとんど街灯がなかったので帰りは多少なりとも太い道にしてみたのだが、結果は同じ。街灯はないわ横は側溝だわ、車は結構通るわでかなり危険な20分だった。22時24分の福塩線で福山に戻る。ここで27分待って山陽本線で今日の泊まりの倉敷に。これも翌日の都合。岡山県に行っとかないとストレートに山陰には行けないからね。倉敷駅には23時53分着。東横イン倉敷駅南口は駅から5分ほど。


7月2日

さて3日目最終日。空は雨。せっかく山陰に行くんだから月山冨田城に行きたかったが天気がこれでは断念せざるを得ない。無理して行ってもしゃあないし。で、代わりの行く場所は、これも以前から行ってみたかった境港の水木しげるロードに決定。月山冨田城だったら5時台のに乗らなきゃいけなかったが8時の特急で行くことに。しかし「スーパーやくも1号」はあっさり10分の遅れ。乗り継ぐはずの境線はとうに出た後。次は25分後。ちょっとタイムロス。


境港には11時着。帰りは12時50分か14時3分。あんまり時間ないなあ。まあいいか。

駅から続く水木しげるロードには妖怪のブロンズ像がずらり。正直それがなきゃただの田舎町の商店街(多少お菓子屋やみやげもの屋が多いか)。それが巨匠の出身地で、その作品が人を惹きつけてやまないため通りが観光地になったという珍しい例。来てる人がすべてわかって来てるとも思えないけどね。

水木しげるロードの終点が水木しげる記念館。さすがに全ビデオを見る時間はないし、東京での特別展とかぶる内容も多かった(生い立ちなど)のでそのへんは割愛。しかーし、よくできた妖怪博物館だ、ここは。面白いし、ちょっと恐ろしい。ここ設計した人はわかってる人だな。本人の意見も容れたのかな?「てんじょうなめ」の展示が最高だった。

12時に見終り、駅に戻る。しかし帰りも当然ブロンズ像を見つつ。12時15分に駅に到着、駅前の食堂で海鮮丼。あーまともな飯だ。12時50分の鬼太郎列車で米子に戻る。米子では万一のための「吾左衛門寿司」を買っておく。山陰本線普通列車で松江に。

今日の会場のくにびきメッセは歩いて10分ほど。昨日と同じような産業展示館だが、ここはよくプロレスで使われてるような。照明も明るい。今日の松江大会はMIKAMIの凱旋興行。MIKAMIは試合前からサイン会、場内にもMIKAMIが宣伝のため出演した地元ラジオ番組の録音が流される。開始が押したのと新藤の体調が悪かったためいつもの前説はなかったが、積極的に盛り上がっていた。山陰も最近興行数少ないだろうが熱いファンはいるようだ。だいたいこの大会のプロモーターがそういう山陰のプロレス状況をなんとか盛り上げようというレストランオーナーというからえらい。自分が目立とうとはしてないし(坂井によってビデオに出演させられてたが)。

MIKAMIはメインで地方ではめったに見せないヴォルカニックボムを披露、集会では「夢がかなった。」と涙ぐんでいた。しかもしゃべりは島根の方言で。これにはちょっと感動したなあ。帰り際、またサイン会に向かうMIKAMIとすれ違う、MIKAMIから手を差し出してきて、握手。この大会は来てよかったよ。観戦記

さて予定は終了。寝台特急「サンライズ出雲」は19時31分松江発。時間があるので駅前の居酒屋ですずきとカナ(マハタ)の刺身だけ食う。こういうとこ来たら刺身は食べないとね。19時、予約していた駅弁「ごきげん弁当」をGET、ホームに。しかし到着10分遅れ。なんなんだ。

19時40分、ようやく出発。今回は贅沢にも寝台A個室。A個室は机とテレビが付いている。食事をするつもりのときはBだとちょっとつらい。ごきげん弁当を食べながらぼちぼちと観戦記書き。10分遅れで松江を出発したサンライズだったが、岡山辺りで遅れは5分に短縮、大阪で遅れを取り戻した。これで明日朝は大丈夫、と思って寝たが・・・。

目が覚めたのは朝6時。列車は止まっている。三島駅のようだ。停車駅じゃないよな?トイレに行こうと部屋に電子錠(暗証番号式)を掛ける。トイレから戻ると開かない。間違えようもない番号なのだが。車掌を探しに行く。1号車で運転士に出くわす。車掌は5号車とのこと。ついでに、あくまでついでに何で止まってるのか聞いてみた。

「人身事故で…」

え、東海道線止まってるの?

「完全に下に入り込んでおられて救出作業にも取り掛かれてません。」

この列車かよ!

鍵も事故による電気系統トラブルのためらしい。車掌に部屋開けてもらい、中で待機。新幹線の振替輸送を手配しているが、無線も使えない状況とか。ほどなく「電源を落とします」の連絡。これ以降洗面所も使えず。車内放送も止まる。部屋の外では同様に閉め出された人、急ぐ人が大騒ぎ。快適さを犠牲にして朝7時に東京に戻る手段を選んだはずがこれでは。

自分は遅れてもなんとかなるのでゆっくりと観戦記書き。そろそろかな、と思ってやめたところでちょうど車掌が「振替輸送しますのでこちらから降りてください!」とドアを開ける。新幹線ホームに向かい、7時2分三島発のこだまに乗車。車内で「万一」用の吾左衛門寿司を朝食に。買っといてよかった。東京には7時54分着。1時間弱の遅れならまあいいか。8時ちょうどの中央線に間に合い、家には8時31分着。普通に出勤。




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