帰省日記2010年10月
10月4日
今日から帰省。朝の飛行機で長崎空港に。連絡バスで長崎新地下車、歩いて新地のちゃんぽん店「老李」に。ここは自分が住んでいた頃にはなかったが、こないだテレビ東京の旅番組で紹介されていたところ。味は「ここ最高!」とまでは行かないが十分他人におすすめできるレベル。江山楼に比べるとちょっとあっさり目かな?トッピングの生からすみは美味。
13時から人数揃い(衣装を着けてのリハーサル)が始まるので浜町アーケードに移動。12時に着いたので「西銀」でシースケーキ。西銀のケーキ売り場がケンタッキーになっていて西銀は喫茶店だけになっていたのでびっくり。しかも西銀からはケンタッキーの商品を注文できるがケンタッキーの客は西銀に入ってはいけないという変なルール。
13時過ぎ、アーケードの四つ角にシャギリが姿を見せる。人数揃い開始。
東浜町傘鉾。
竜宮船も来た。
いつまでたっても行ったり来たりしてるだけなので船回しはやらないのかな、と次の場所・湊公園に移動。しかし後でニュースで見たらこの後やったらしい。そうだよなあ、リハーサルだもんなあ。
湊公園には銅座町の御朱印船が。しかし記念撮影やったり準備運動やったりで何も始まらない。
行列に参加するオウム。
遅れていたらしい傘鉾の到着を待っていよいよ開始、
かと思ったら御朱印船は湊公園を出て行ってしまった。どこでやるんだろう?せっかく湊公園はくんち用に石畳張りになっているのに(昔はそうじゃなかった)。
虎の皮の敷物。
銅座町が出る前にすでに本籠町の龍踊が到着。銅座町が出て行ったのもそのせいか?
整列、記念撮影。
龍踊は記念撮影の後すぐに奉納踊スタート。さすが常連。
爆竹で辺りが白くなる。このライヴ感。リハーサルとはいえ生で見れて良かった。
躍動感溢れる本籠町の龍踊。
ずぐら。「モッテコイ」にも応えて本籠町の人数揃い終了。本番が見れないのは残念だが堪能した。
暑いのでチリンチリンアイス(長崎ではアイスクリンとは言わない)。
本籠町を回る龍踊に遭遇。着いて行くことに。
龍の声を表す長ラッパ。
龍の顔UP。夕方実家に帰り、夕食は家で焼肉。と言ってもホットプレートで豚肉と野菜を焼いて焼肉のたれで食うもの。高校までは「焼肉」と言えば家のこれだった。父親の病気もかなり快方に向かってるようで何より。
10月5日
家にいてもすることはないので今日は長崎観光。朝からまず四郎ヶ島台場。神ノ島の先に海道で繋がった島が四郎ヶ島。と言っても長崎住んでた頃はそんな島知りもしなかった。郷土史研究会にいたのに幕末に興味がなかったせいでこのていたらく。家の前を通るバスが神ノ島教会下行きだったのでそれで終点まで行き、後は歩く。しかし島へと続く道が閉鎖されており四郎ヶ島には渡れず。
対岸から石垣の写真のみ撮る。以上。
浜町に戻り「ツル茶ん」で昼食。
中。普通の喫茶店。普通じゃないのは「龍馬伝」関連の色紙やらポスターやらが多いことか。
迷ったがオーソドックスなトルコライスにする。
トルコ風トルコライスというのもあった。「トルコライス」の「トルコ」の語源は「トリコロール」だから別に間違ってはないらしい。
腹も膨れたので寺町の皓台寺に。ここには楠本家の墓、小曽根家(含む近藤長次郎)の墓などがある。とりあえず記念碑を撮影。
黄色い彼岸花が多く咲いていた。
変わった形の唐通詞の墓。
猫。今回あまり見なかったなあ。
近藤長次郎の墓。龍馬の筆跡と言われる「梅花書屋氏墓」とは小曽根家の離れの屋敷に住んでいた長次郎(栄次郎とも呼ばれた)のことだそうだ。
墓の隣の碑。大泉洋が演じたということもあるが、「龍馬伝」で一番心に引っ掛かったのはこの人の生き方だ。
そのまま山道を登れば風頭山、ということで登るがえらいつらかった。ちょっとした山城だよこりゃ。もう長崎には住めないなあ。で、「風頭」の名の由来になった頂上の奇岩はフリークライミングの場になっていた。
風頭山といえば龍馬像。
上野彦馬の墓。
こちらは上野彦馬顕彰碑。
カマキリに挑まれてみる。
若宮稲荷の狛狐。
若宮稲荷には風頭山の龍馬像の「原型」があった。
復元・新規オープンした亀山社中跡に。
中。前にじいさんが一人でやってた頃の家は昭和になってかなり手が入った後だったらしい。で、きれいに整備・復元。そこにあった資料(主に古写真だけど)は別の建物に。
中島川べりに降りる。
亀。
中島川排水路。言うまでもなく1982年の長崎大水害の被害を受けて作られたものだがそれから約30年、これが活躍するような大雨は長崎には降っていない。水害対策というのはほんとに難しい。
こんなハート形の石があるなんて知らなかった。ちょっとわざとらしい気もするが。
好天で眼鏡橋も見事にメガネ状に。
鹿解川にかかるアナザー眼鏡橋。
鹿解川と言ってもこの程度(約1m)の幅の「えごばた」。「溝」より大きいのが「えごばた」だそうだ。
実際長崎の川といえば中島川・浦上川を除けばこんな感じで坂道の隣を急角度で流れる川ばかり。何件か酔っ払いが落ちてなくなったなんて話も聞いた。
なんと長崎駅から雲仙まで送迎バスに乗せる温泉旅館まで現れていた。企業努力してるなあ。
「ウミノ」でミルクセーキ。ストローで飲むのではなくスプーンで食べる。
浜町に戻る。繁華街のブティックが八百屋に!他にもファッションビルがベスト電器本店になっていたり(で、ベスト電器の本店ビルは空き家に)なんかファッション関係にもろに不況の波が。しかしデパートをはじめ「好文堂」(本屋)「石丸文行堂」(文房具屋)などの老舗はなんとか生き残ってる様子。
時間なかったが無理やりグラバー園も行く。グラバースカイロードを降りたところにいた猫の家族。全部同じ柄。
グラバー園からの長崎港。
グラバー邸。
くんち資料館の傘鉾。今日の夕食は父親のリクエストで駅前の回転寿司なので電車で駅に。父親が「あぶりサーモン(マヨネーズon)」が好物とは知らなかったよ。続けて食ってた。3人前で8000円弱。支払は当然自分。ちょっと親孝行した気分だ。
10月6日
2泊の帰省を終了し、東京に戻る。帰りは大村まで汽車(JR)で。
昼食は新製品の「長崎すり身揚げ弁当」。いわゆる「てんぷら」だ。すり身揚げはうまかった。
今回長与駅経由なので海沿いを走る。大村で降り三城城跡に行くが戦没者忠霊塔のある「聖地」になってたりで城を見に行った人間は宮司みたいな管理人に追い出される羽目に。市の史跡なのに標柱は倒されてるし、ひどいとこだ。
今日長崎を出て東京に帰ったのは他でもない、マッスルの最終興行があるから。16時過ぎに羽田空港に着いたので京急・三田線を乗り継いで後楽園に直行。マッスルDVDコンプリートコレクションを買ってDDT48に7票投票する。そしてマッスル最終興行。最後も苦戦したみたいだが、皆に多幸感を与えての「一時休止」は素晴らしいできだった。涙も(笑った時以外は)出なかった。第二の人生(これだけ進路が明らかになってる元レスラーも珍しい)も頑張ってくれ。観戦記。
旅日記集