| 所在地: | 広島県福山市丸之内1丁目 | |
| 最寄駅: | JR山陽新幹線・山陽本線福山駅 | |
| 別 名: | 久松城、葦陽城 | |
| 現存遺構: | 伏見櫓、筋鉄御門、鐘櫓、石垣 | |
| 再建建物: | 天守、月見櫓、御湯殿、鏡櫓 | |
| 区 分: | 平山城 | |
| 城 主: | 水野氏、松平氏、阿部氏 | |
| 歴 史: | 1619(元和5) | 水野勝成が入封、神辺城を廃城して福山に築城開始 |
| 1620(元和6) | 伏見櫓を伏見城より移築 | |
| 1622(元和8) | 完成 | |
| 1698(元禄11) | 水野氏断絶、福山は一時天領に | |
| 1700(元禄13) | 松平(奥平)忠雅が山形より入封、福山藩再興 | |
| 1710(宝永7) | 忠雅が桑名に転封し阿部正邦が入封、以降明治まで阿部氏10代の居城 | |
| 1868(慶応4) | 戊辰戦争で藩主不在のため新政府軍に降伏 | |
| 1874(明治7) | 廃城 | |
| 1891(明治24) | 城域に山陽鉄道開通 | |
| 1897(明治30) | 天守、伏見櫓、筋鉄御門、御湯殿を修理 | |
| 1931(昭和6) | 天守が国宝指定 | |
| 1933(昭和8) | 伏見櫓、筋鉄御門、御湯殿が国宝指定 | |
| 1945(昭和20) | 空襲で伏見櫓、筋鉄御門以外焼失 | |
| 1950(昭和25) | 文化財保護法施行により伏見櫓、筋鉄御門が重要文化財に | |
| 1964(昭和39) | 国史跡に指定 | |
| 1966(昭和41) | 天守、月見櫓、御湯殿を再建 | |
| 1973(昭和48) | 鏡櫓を再建 | |
| 2022(令和4) | 天守北面の鉄板張りを復元 | |
伏見城から移築された伏見櫓。重要文化財。
伏見櫓と同時に伏見城から移築された筋鉄御門。重要文化財。
懸造で有名な御湯殿。これは戦後再建。明治期に料亭に転用されたので元の姿は残ってない。
御湯殿を正面から。
月見櫓。復興。
御湯殿と月見櫓。
御湯殿を内側から。
懸造部分に接近。
本丸はライトアップイベントでバルーンだらけになっていた。
天守も復興。
御湯殿。
御湯殿。
御湯殿。
御湯殿の説明板。江戸時代には「御湯殿」ではなく「御風呂屋」と呼ばれていたらしい(「御湯殿」は本丸の別の場所)。
月見櫓を内側から。
天守。
以前はなかった冠木門。この辺りにあった本丸裏御門とは関連がないらしい。
二の丸東側から天守。
東上り楯門跡。
東上り楯門跡から天守。
初代福山藩主・水野勝成像。
東側から天守UP。
ちょっと北寄りから。
北面。昨年鉄板張りが復元され黒に。
北面。
ちょっと西から。
西面はまた白。
西面。
神辺四番櫓跡。
本丸の北西、小丸山前に移築された旧内藤家長屋門。
移築前は西外堀の前に建っていたそうだ。
旧内藤家長屋門。
二の丸西側の石垣跡。
排水口?下の巨石群は何だろう?
南西から天守。
二の丸石垣。
二の丸石垣。
福山藩阿部家第七代にして幕府老中筆頭の阿部正弘像。
鐘櫓への入口かと思ったら行き止まり。
伏見櫓。
伏見櫓。
鐘櫓。
人質櫓跡。
伏見櫓。
天守。
天守。
鐘櫓と伏見櫓。
折れた「本丸御殿跡」の標柱。
二の丸南側石垣と山陽本線福山駅。
二の丸南側石垣
山陽本線ホームから御湯殿・月見櫓。
山陽本線ホームから伏見櫓、筋鉄御門。
最後に天守。