金沢城 2010.6.26



所在地: 石川県金沢市丸の内
最寄駅: JR北陸本線金沢駅
別 名: 尾山城、金城
現存遺構: 曲輪、石垣、堀、石川門、石川門続櫓、三十間長屋、鶴丸倉庫、切手門
再建建物: 菱櫓、五十間長屋、橋爪門続櫓、河北門
区 分: 平山城
城 主: 佐久間氏、前田氏
歴 史: 1546(天文15)一向一揆の拠点として金沢御堂(尾山御坊)が築かれる
1580(天正8)佐久間盛政が金沢御堂を落とし、加賀一国を与えられ金沢城と改称
1583(天正11)盛政が柴田勝家と共に滅び、加賀には前田利家が入封、尾山城と改称
1587(天正15)利家が高山右近に命じて尾山城を大改修、再び金沢城と呼ばれる
1592(文禄元)2代・利長が大改築
1602(慶長7)天守焼失、その後三階櫓を築造
1631(寛永8)大火で本丸御殿焼失、以後は二の丸を使用
1759(宝暦9)再び大火、城内ほぼ全域焼失
1762(宝暦12)二の丸御殿再建
1788(天明8)石川門完成
1808(文化5)二の丸御殿から出火、菱櫓焼失
1809(文化6)菱櫓、五十間長屋、橋爪門完成
1810(文化7)二の丸御殿完成
1871(明治4)廃城
1881(明治14)二の丸御殿、橋爪門、五十間長屋等焼失
1898(明治31)陸軍第九師団司令部が置かれる
1949(昭和24)金沢大学丸の内キャンパスとなる
1995(平成7)金沢大学移転、金沢城址公園として整備
2001(平成13)菱櫓、五十間長屋、橋爪門続櫓復元、金沢城公園と改称
2010(平成22)河北門、いもり堀復元


5年ぶりの金沢城。天気は雨。今回は黒門口から。黒門横の大手堀。

大手堀。

北の丸石垣。

菱櫓遠景。

行った記憶がないのでまず北の丸に上ってみる。かなり孕んだ石垣。

土橋門。現在は舗装されてるが往時は土橋だったわけね。右横は深い谷になっていた。

土橋門跡石垣。説明板には「北の丸と三の丸をつなぐ土橋に面して設けられたことから『土橋門』といわれていた。桝形門に造られており、重厚な櫓門があった。」と。

土橋門跡石垣の亀甲石。

切手門。往時の位置より数十m移動。

旧第六旅団司令部脇(数寄屋敷)の変わった石垣。

二ノ丸に入る裏口門跡。

二ノ丸北面石垣。「この付近の石垣は、形や大きさをそろえた割石が積まれています。『打ち込みハギ』の中でも、最も完成されたものといわれており、加賀藩の石垣技術者、後藤彦三郎は『城内でも指折りの石垣』とほめたたえています。石垣の上には、二ノ丸表能舞台の楽屋に使われた長屋が建てられていました。」

石樋。

菱櫓。

菱櫓と五十間長屋。

五十間長屋。

二ノ丸には行かずについ最近完成した河北門に。

河北門二の門。

河北門と菱櫓。

河北門桝形の菱櫓。

河北門一の門。

桝形から二の門。

ニラミ櫓跡の太鼓塀。「一の門の右脇に設置された二重櫓が『ニラミ櫓』です。大手筋に『睨みを利かせる櫓』という意味でしょう。背後に見える二の丸の菱櫓(三重櫓)の威容とあいまって、大手筋に威圧感を与えています。創建は17世紀前半とみられ、宝暦の大火(1759年)で焼失したあとは再建されず、櫓台の上に太鼓塀を巡らすだけになりました。」

太鼓塀裏側。

外側から一の門。

ちょっと引いて。

湿生園のアジサイ。




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