| 所在地: | 愛媛県松山市丸ノ内 | |
| 最寄駅: | 伊予鉄道市内線大街道停留所 | |
| 別 名: | 金亀城、勝山城 | |
| 現存遺構: | 大天守、三の門南櫓、二の門南櫓、一の門南櫓、乾櫓、野原櫓、仕切門、一の門、二の門、三の門、隠門、隠門続櫓、戸無門、紫竹門、紫竹門東塀、紫竹門西塀、三の門東塀、筋鉄門東塀、二の門東塀、一の門東塀、仕切門内塀、曲輪、石垣、堀 | |
| 再建建物: | 小天守、本壇南隅櫓、本壇北隅櫓、筒井門、太鼓櫓、天神櫓、巽櫓、太鼓門、乾門、乾門東続櫓、艮門、艮門東続櫓、二の丸多聞櫓 | |
| 区 分: | 平山城 | |
| 城 主: | 加藤氏、蒲生氏、松平氏 | |
| 歴 史: | 1603(慶長8) | 加藤嘉明が築城 |
| 1627(寛永4) | 二の丸完成、嘉明は会津に転封となり蒲生忠知が入封 | |
| 1634(寛永11) | 蒲生氏無嗣廃絶 | |
| 1635(寛永12) | 桑名より松平定行が入封、以後明治まで松平氏の居城 | |
| 1643(寛永19) | 天守を三層に改築 | |
| 1789(元明4) | 落雷により天守等焼失 | |
| 1854(安政元) | 天守再建 | |
| 1871(明治4) | 廃城 | |
| 1933(昭和8) | 放火により小天守、南北隅櫓焼失 | |
| 1935(昭和10) | 国宝保存法(旧法)により大天守他21棟が国宝指定 | |
| 1950(昭和25) | 文化財保護法により重要文化財指定 | |
| 1952(昭和27) | 国史跡に指定 | |
| 1968(昭和43) | 小天守等再建 | |
| 1971(昭和46) | 筒井門を再建 | |
| 1973(昭和48) | 太鼓櫓再建 | |
| 1979(昭和53) | 天神櫓再建 | |
| 1982(昭和56) | 乾門、乾門東続櫓再建 | |
| 1984(昭和58) | 艮門、艮門東続櫓再建 | |
| 1986(昭和60) | 巽櫓再建 | |
松山駅から歩いて10分、外堀の周りをぐるっと回って市役所前電停あたりまで来ると本丸の櫓群が見える。
天守群も。そこから最寄の黒門跡登山口より入城。
ところが黒門跡登山口は2003年3月の地震により石垣が崩壊、現在修理中。仮設階段というか足場を上って登山道に。
これは遺構だろうか?なんか果てしなく何もない山道を歩く。
10分ほど登ると突然視界が開け二の丸の石垣が。
揚木戸門跡。
大手門跡。
太鼓櫓。これは1973(昭和48)年復元。
その脇に天守が姿を現す。
これは戸無門。現存、重要文化財。
そして筒井門。旧国宝だったが1949(昭和24)年に放火で焼失、1971(昭和46)年に復元。
筒井門のところに坊ちゃん&マドンナが朝早くからお迎え。
この櫓の名前わからん。巽櫓かな?
太鼓門。1972(昭和47)年復元。
これは巽櫓。同じく1972(昭和47)年の復元。
太鼓櫓を内側から。
本丸から松山市街を眺める。台風は通過後だが厚い雲が垂れ込めている。
本丸から天守群。実際山城は撮影ポイントが難しい。
本丸には松並木があったそうだがマツクイムシにより大半死滅。しかしそのおかげで見晴らしがよくなったという声も。
小天守を見上げる。小天守は1933(昭和8)年に放火で焼失したそうだ。しかし正確に復元されているので違和感なし。
500円払って天守に入る。ここは「しおり」はなし。雨粒がカメラに・・・・。急いで中に入る。
これは一の門だっけか?一の門と一の門南櫓は重要文化財。
大天守を見上げる。