| 所在地: | 埼玉県比企郡吉見町大字南吉見字城山 | |
| 最寄駅: | 東武東上線東松山駅 | |
| 別 名: | 武州松山城 | |
| 現存遺構: | 曲輪、土塁、空堀 | |
| 区 分: | 丘城 | |
| 城 主: | 上田氏、扇谷上杉氏、上杉氏、松平氏 | |
| 歴 史: | 1399(応永6)頃 | 扇谷上杉氏被官の上田左衛門尉友直が築城? |
| 1536(天文7) | 河越城を失った扇谷上杉朝定の居城となる | |
| 1546(天文15) | 扇谷上杉氏が北条氏により滅亡、城主・上田朝直は北条氏に降伏 | |
| 1561(永禄4) | 上杉政虎(謙信)により落城、上杉憲勝が城代に | |
| 1563(永禄6) | 上杉憲勝が武田・北条連合軍に対し開城、再び上田朝直が城主に | |
| 1590(天正18) | 小田原の役で上杉景勝・前田利家により落城、家康の関東移封に伴い松平(櫻井)家広が入城 | |
| 1601(慶長6) | 第2代藩主・忠頼(家弘の甥)が浜松に移封、松山城は廃城 | |
| 1970(昭和45) | 東北自動車道造成により県史跡指定以外の部分の遺構が破壊 | |
| 2008(平成20) | 国史跡比企城館跡群に追加指定 | |
東武東上線東松山駅の東口2番乗り場から「鴻巣免許センター」方面行きの川越観光バスに乗り約5分、「百穴入口」下車、市野川を渡ると松山城が目の前に。
有名な吉見百穴側にあった案内板。入口がわからずに吉見百穴側の車道を登ってしまった。
畑の脇の道(たぶん私道)を入っていくと城の遺構らしき土塁が。
三の丸の空堀。
空堀。
土橋?ここから曲輪に上がってみる。
上から。
春日丸であった。
春日丸跡。
春日丸と二の丸の間の空堀。
春日丸から二の丸。
二の丸を囲む空堀。
空堀。
二の丸。
二の丸。
これも土橋か?
さらに先まで行く。
先端。
別の先端。
さっきの土橋のところに戻ると二の丸に上る石段があった。なので登る。
二の丸跡には何やら社が。
二の丸と本丸を隔てる空堀。
先端まで行っても渡れそうにない。
土塁。
こちらにも道はない。
二の丸。
こちらにも本丸への道はない。
二の丸から本丸。