| 所在地: | 長崎県島原市城内1丁目 | |
| 最寄駅: | 島原鉄道島原駅 | |
| 別 名: | 森岳城、高来城 | |
| 現存遺構: | 曲輪、石垣、堀、御馬見所 | |
| 再建建物: | 天守、西の櫓、巽の櫓、丑寅の櫓 | |
| 区 分: | 平城 | |
| 城 主: | 松倉氏、高力氏、松平氏、戸田氏 | |
| 歴 史: | 1618(元和4) | 松倉重政が日野江城を廃城して森岳に築城開始 |
| 1625(寛永2) | 完成 | |
| 1638(寛永15) | 島原の乱の責任を取らされ松倉家断絶、高力忠房が入封 | |
| 1669(寛文9) | 高力忠房の子・隆長が改易、松平(深溝)忠房入封 | |
| 1749(寛延2) | 松平家の嗣子・忠祗が年少のため宇都宮転封、代わって戸田忠盈が島原に入る | |
| 1774(安永3) | 忠盈の子・忠寛が宇都宮転封、島原には松平忠祗の弟・忠恕が入り、以後明治まで松平氏が城主 | |
| 1874(明治7) | 廃城 | |
| 1960(昭和35) | 西の櫓再建 | |
| 1964(昭和39) | 天守再建 | |
| 1972(昭和47) | 巽の櫓再建 | |
| 1980(昭和55) | 丑寅の櫓再建 | |
お城風の島原鉄道島原駅。
駅を出るとすぐに復元天守が見える。しかし入口は反対側なので堀の周りを半周しなければいけない。
丑寅の櫓。
石垣が見事。
巽の櫓。
天守と巽の櫓。
ちょっと引いて。
さらに引いて丑寅の櫓も入れてみる。本丸の石垣はほぼ全部残っているようだ。
天守を横から。
西の櫓。
石垣越しの天守。
本丸と二の丸の間の堀。なぜかゲートボール場が。昔はこの間に廊下橋が架かっていた。
きれいに舗装された入口(この道は観光地化された際に作られた道で、本来は上述の二の丸からの廊下橋からしか本丸には行けなかった)から入る。西の櫓の脇を通る。
そして本丸に。天守。
西の櫓。
典型的な層塔型天守。
二ノ丸(北)側から。本丸は基本的に駐車場。
丑寅の櫓。現在は民具資料館。
北東から見た天守。
巽の櫓。現在は平和記念像で有名な彫刻家・北村西望の資料館。
東側から見上げた天守。一階の海鼠壁が特徴。
巽の櫓。