| 所在地: | 長野県上田市二ノ丸 | |
| 最寄駅: | JR長野新幹線・しなの鉄道上田駅 | |
| 別 名: | 真田城、尼ヶ淵城 | |
| 現存遺構: | 南櫓、北櫓、西櫓、曲輪、石垣、堀、土塁 | |
| 再建建物: | 東表門、袖塀 | |
| 区 分: | 平城 | |
| 城 主: | 真田氏、仙石氏、松平氏 | |
| 歴 史: | 1583(天正11) | 真田昌幸が築城 |
| 1585(天正13) | 第一次上田合戦、昌幸が徳川軍を退ける | |
| 1600(慶長5) | 第二次上田合戦、昌幸が関ヶ原の合戦に向かう徳川秀忠を足止め | |
| 1601(慶長6) | 真田昌幸・信繁親子隠居、上田城は破却(信之が三の丸跡に陣屋を構えた) | |
| 1622(元和8) | 真田家は松代に移封 | |
| 1626(寛永3) | 仙石忠政が上田入封、城を再建 | |
| 1706(宝永3) | 仙石氏3代・政明が出石転封、松平(藤井)忠周が入城、以後明治まで松平家の居城 | |
| 1871(明治4) | 廃城、兵部省所轄となり上田分営が置かれる | |
| 1875(明治7) | 上田分営廃止、丸山平八郎氏が払い下げを受ける | |
| 1880(明治12) | 松平神社(現真田神社)が本丸跡に創建 | |
| 1894(明治26) | 丸山氏から寄付を受け公園化 | |
| 1927(昭和2) | 二の丸堀に上田交通傍陽線が開通 | |
| 1934(昭和9) | 国史跡指定 | |
| 1949(昭和24) | 移築されていた南北両櫓を再移築 | |
| 1972(昭和47) | 上田交通傍陽線廃止 | |
| 1994(平成6) | 東虎口櫓門と袖塀復元 | |
長野新幹線を上田駅で降り、歩いて上田城に向かう途中に藩主屋敷跡がある。現在は上田高校。門と堀だけが残っているのかな?
堀には亀。
二の丸入り口。
二の丸堀。1972(昭和47)年までは上田交通真田傍陽線の線路が通っていた。
本丸南櫓。1949(昭和24)年に移築されたが、本当にこの場所にあったものかどうかは疑問とか(南櫓という櫓は存在した)。
東虎口の南櫓、本丸東表門、北櫓。
北櫓。
南櫓。
石垣。このデカい石が「真田石」と呼ばれるもの。真田昌幸が上田城を築城した時、太郎山から掘り出して「真田石」と名づけたとか。息子の信之が松代に転封される際、この石を家宝として持って行こうとしたが、微動だにしなかったという伝説が。なんでこんなデカい石を持って行こうと考えたんだか。
真田神社。
北櫓。
南櫓。
南櫓側から中に入れます。
櫓門を通って北櫓に。
石落とし。
発掘された鯱。
また南櫓。
真田神社の脇にある真田井戸。実は抜け道だとか何とか(ふさがれてるので事実は?)
先ほどの南北櫓は移築されたもの、櫓門は再建されたものだがこの西櫓(もともとはそういう名は付いてなかったらしいが)は仙石氏の頃からここに建っているそうだ。
以前は博物館として使用されていたが、現在は博物館は別に建てられ、こちらには入れない。
西櫓の石垣。なんか不安定に見えるが。
西櫓。
今日は城廻りに最適な天気だ。