山口旅日記その2
2月11日
2日目、朝食はホテルでバイキング。10時に出てまた長府に。ニュージーランドにも行けるバス。
今日はまず長府庭園。
ボケ。
滝。庭園の中の茶室で下関市水道局主催のお茶会をやってたので参加すると水道局が出している水「ああ!関露水」(1本100円)をもらった。なんつーネーミングだ。
道路を渡って向かいの櫛崎城跡に。前回と違うルートで上ろうとしたら道が途中でなくなっていた。しかし人が通った後らしく踏みしめてある場所はあったのでそこをたどると前回は見ていない石垣が。これはらっきー。
崖を直登してその石垣の脇からようやく公園に。天気がいいので気持ちいい。他の写真。
時刻は13時。下関マリンホテルに瓦そばを食べに行くと「今日は団体客でいっぱいなので一般客は受け付けていない」と。これは想定外。次に行く予定の小月に移動するかそれとも飯食いに市街に戻るか。唐戸に戻ることを選択。しかし唐戸市場近辺は昨日にもまして凄い人出。とても食べられそうにない。
誰か考えつかないか?と思ってたが、やっぱりあった。
海辺からちょと外れた旧来の商店街ならなんかあるだろうと思ったが日曜のせいか開いてる店が少ない。すっかり観光地化された海辺とのこの差はなんだ?「瓦そば」というのぼりを見つけ喜んで近づくと「支度中。昼は2時まで」の札。これには落胆、もう開いてるとこならどうでもいいと小さなうどん屋に入る。メニューに「ふく天ぷらうどん」があったので注文。爺さんの復唱がなんか変だな、と思ったがツッコまないでいると、出てきたのはただの天ぷらうどんだった。がっくり。夕飯は豪勢だからここは我慢しよう・・・。
バスで小月に移動。ここ小月には清末陣屋の跡と、そこにあった遺構が移築された場所が4ヶ所ほどあるらしいというのはネットで下調べ済み。その資料を持って駅前のタクシーに回ってもらえるか交渉。1台目「わからん!後ろに乗って!」2台目「俺時間ないし、こういうのに詳しい人呼ぶからそっちに乗って!」で、呼ばれて来た「アカイさん」はつい先日も同じような要望のお客を乗せて連れてったらしい。で、「アカイさん」のタクシーに乗って清末陣屋跡から内藤家表門、陣屋表門(阿内八幡宮神門)、陣屋搦手門(橋本家長屋門)、書院(明円寺玄関・庫裏)と巡る。解説もしてもらったがさすがに詳しい。
さらに明円寺ではたまたま出てこられた寺の人(「子供の時は・・」とか言われてたんで住職の娘さん?)に中に通してもらってまた解説。非常にありがたい。他の写真。
小月駅からは山陽本線・山口線を乗り継いで湯田温泉「四季の宿梅乃屋」に。お湯はアルカリ性単純泉ということでちょっとヌルヌル。ここでもふく三昧。
車海老塩焼き、高森牛フィレステーキ、ぶり大根。
ふく唐揚げ。
二晩連続のてっちり。
雑炊用の卵が二卵性だった。
日曜の夜に普通にドラゴンゲートの中継が。見てみたが面白かった。その後すぐにノアの中継も始まったが、全員体がダブついてるように見えた。後からは損だな。「重み」はテレビじゃわからないし。
2月12日
最終日、10時にチェックアウトして駅でタクシー拾う。今日の目的地は大内氏遺跡3ヶ所と山口藩庁。まず山口市街から2kmほど離れた凌雲寺に行き、そこからさらに高嶺城に登ってもらえるかと聞くとあっさりOK。凌雲寺跡は使われなくなった畑の中になんかのオブジェのように惣門跡の石垣が立っていた。珍しい風景だ。
菜の花。他の写真。
次は高嶺城。山口市街を見下ろす鴻峯(こうのみね)の中腹にテレビ局の送信所があって、そこまでは車で行けるらしい、ということでそこまで行ってもらうようお願いする。運転手さんもそれは知ってるが行くのは初めてと。対向車が来ても離合不可能、ガードレールもない山道を約2km上ると送信所の鉄塔が。ここからは登山道を歩いていくしかない。登山道は結構勾配がキツく息が切れる。10分ほどで最頂上の砦の麓に。ここで「→最頂上」「→石垣 井戸」という二手に分かれていた。まずは最頂上(主郭)を目指す。周りは石垣。
主郭跡には瓦が散在。これすべて遺跡発掘物?下から持ってくるわけもないのでたぶんそうなんだろうなあ。
主郭を降りて先ほどの別れ道から「→石垣 井戸」の方に。すると上からは見えなかった石垣がぐるりと。これは圧巻。一周は回れなかったが。井戸にはポンプが付けてあったが最近まで使っていたのだろうか?
送信所まで戻り、帰りはここから山口神宮へと登山道を降りる。直線距離で300m、「40分で登った」とか某サイトに書いてあったのでたいしたことはないだろうと思ったら甘かった。中途半端に石段が組まれていて足が疲れる。麓の山口県庁が見えた辺りからはヒザが痛くなってきた。登山道というより小さい神社の参道なんだよなあ・・・。
登山道にワナが仕掛けてあったらしい。ショートカットとか道草とかしなくてよかった。他の写真。
ようやく山口神宮まで降りる。次の目的地の山口藩庁跡(山口県庁)はすぐ隣。藩庁門の写真を撮ってさあ昼飯、と思ったが、県庁の目の前の和食屋はつぶれてるし、教育会館併設のレストランは14時前にして営業終了してるし。山口県はどこもそうなのか?しかも知り合いが亡くなったという連絡が実家から来てすっかりテンション落ちる。チェーンの店もナビウォークで出てこないし、とりあえず旅館から持ってきたお菓子を食べながら先に大内氏館跡に向かう。
築山跡には土塁が残っていたが、大内氏館跡はまだ復元の途上で、こういう空腹と疲労の重なった状態では楽しめる遺跡ではなかった。他の写真。
早々に観光を終了して駅に向かう。商店街に入る。やっぱり閉まっている店が多い。懐かしい匂いのするラーメン屋を発見。この際山口らしいものとかもういいや。時間も15時だし。入ると九州とはちょっと違うが豚骨しょうゆの店(長崎の三八ラーメンに近い?)。うまかったのでよしとする。山口からは空港行きのバスは出ていないので新山口まで列車で移動し、新山口駅で土産を物色して(何も買わず)空港連絡バスに乗車、19時20分発のJALで帰京。午後は結構時間の無駄遣いだったな。
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