旅日記98年vol.1
98年5月4日(休)・みちプロ
朝6時起床、7時ちょい前に出発。どこへ、かと言うとみちプロ会津大会。新宿で埼京線、赤羽で宇都宮線、宇都宮で東北本線(なんとワンマン)に乗り換え、待ち合わせの郡山へ。途中車窓から見える藤の花(野性化した奴)がきれい。郡山には11時30分に着。4時間ちょっとか。ここから車に乗せてくれるhwoムスメさんとその友人・たにうちさんはもう来ていた。ガタイがデカいもんでその友達を差し置いて助手席に乗せてもらう。郡山から会津へ向う磐越自動車道はムチャ込み。これは帰りが思いやられる。結局15時の開始になんとか間に合う、という感じで会津若松鶴ヶ城体育館に到着。
こちらも試合の方は観戦記を参照。てなわけで、多少出待ちをした後、またhwoムスメさんの車で帰路に。帰りはなかやまさんも会津若松駅まで同乗。見事に迷う。みんな一方通行が悪いんです。それでもなかやまさんを電車に間に合う時間に駅でおろし、3人は地獄の磐越線へ。
19時30分、どうせここからは時間がかかるだろうと一旦磐梯山SAで食事を取り、スナックHIROMI矢樹にも電話を入れる。「20時に、って言ってたけど、車混んでるんでもうちょっと遅くなるかと思います。」この時点でもわかってなかったんだな、自分の置かれてる状況が。標識には「15km渋滞」。最初は調子良く進んでいたが、ほどなく渋滞につかまる。渋滞っつっても少しは動けよ、ほんと。信号もないのにぴたっと止まるこたねーだろ。
途中(トンネル付近)2車線な磐越自動車道、大変です。今4車線工事中だそうだが。郡山にあと数kmになったところで、ようやく「高速」の名にふさわしい速さに。これでも料金は変わらないんだからね、まったく。ようやく郡山駅に着いたのは10時過ぎ。最初はhwoムスメさんも「やぎちゃんの店、行こうかな」と言ってたが、さすがにこの遅さでは。ということでひとり新幹線(今回の旅行で唯一の新幹線だ)で福島へ。お世話になりましたです>hwoムスメさん。
店に着いたのは22時45分。「店」だからいいけど、人んちにこんな時間に行って「朝までいさせてください」ってのも凄い話だなあ、と思いつつ、すぐにVAIOノートを取り出して、矢樹ダンナが昼のうちに撮ったデジカメ写真を取り込むべく接続にかかる。「何にします?」「ビールで。」ぐあー、矢樹に生ビールついでもろたー。つまみも出てくる。「ホームページ作ってもらうってことで。」あやー、そんな大層なもんは作れませんて。試行錯誤の末、ようやく接続に成功し、画像を取り込んでページ作りに入る。同時にみやげ代わりのアルシオン4/17後楽園大会を店のテレビで流し、みんなでああでもないこうでもないと批評を加える。映像では初めてアルシオンを見た矢樹、見入ってる。しかし意見は辛目。(ま、私に合わせたという感じもある)「この日の試合後、玉田から電話あったんですよ。すごくくやしそうだったけど、こんな感じだったんだ。」ダンナ(奥津ファン)が「これ、やぎこのスタイルそんままじゃん。」と。そう言われればそうかも。本人もうなづく。メインの奥津vs二上が終わった瞬間、テル子ママが「なんで奥津っちゃんがメイン?」うはは。
結局ページつくりやら矢樹広弓・新入場テーマ候補曲試聴やらで朝5時半までいさせてもらう。4時過ぎには店の前(外)のISDN公衆電話につないでファイルをダウンロード、DDT&全日の自分の観戦記を見せる。「DDT、見てみたいですね。」今度ビデオ用意しますー。
で、結局一晩やいのやいの言って作ったのがこれ。飲み代分ほどはないよなー、やっぱり。ごめんなさい。
店を出て、6時ちょっと前に福島駅を出る普通列車(寝るのに新幹線は不要)に乗り、福島を後に。すぐに意識を失う。(だって24時間起きてた)
5月5日(祝)
旅行記はまだ続く。電車が郡山までのため、一旦降りて駅弁を買い、また次の黒磯までの電車に乗る。駅弁を食い終わるとまた爆睡。それでも黒磯ではちゃんと目が覚める。不思議なもんだ。これを宇都宮でもう一回やって、あとは大宮まで目覚めず。赤羽で埼京線、新宿で中央線に乗り換え、帰宅。帰りも電車に乗ってた時間は4時間半くらいか。
戻る