| 所在地: | 三重県鈴鹿市神戸5丁目 | |
| 最寄駅: | 伊勢鉄道鈴鹿駅 | |
| 別 名: | 本多城 | |
| 現存遺構: | 石垣、太鼓櫓(移築)、大手門(移築) | |
| 区 分: | 平城 | |
| 城 主: | 神戸氏、滝川氏、一柳氏、石川氏、本多氏 | |
| 歴 史: | 1532-35 (天文年間) | 神戸具盛が築城 |
| 1568(永禄11) | 織田信孝が具盛の養子となる | |
| 1572(元亀3) | 信孝が神戸家を継ぎ城主に | |
| 1582(天正10) | 清州会議により信孝は岐阜城主に | |
| 1584(天正12) | 小牧・長久手の戦いの功により滝川雄利が伊勢神戸を与えられる | |
| 1586(天正14) | 生駒親正が神戸城主になるが同年赤穂に加増転封 | |
| 1590(天正18) | 水野忠重が城主に | |
| 1595(文禄4) | 忠重が旧領の刈谷に転封、滝川雄利が再び城主に。この年天守が桑名城に移築され、その後天守は建てられず | |
| 1600(慶長5) | 雄利が関ヶ原の戦いで西軍に属したため改易 | |
| 1601(慶長6) | 一柳直盛が入封 | |
| 1636(寛永13) | 直盛が西条転封、天領となり城は破却 | |
| 1650(慶安3) | 石川総長が入封、神戸藩再興 | |
| 1732(享保17) | 石川氏3代総茂が下館転封、代わって本多忠統が入封、以降明治まで本多氏の居城 | |
| 1746(延享3) | 再築城許可 | |
| 1748(延享5) | 完成 | |
| 1873(明治6) | 廃城令により廃城 | |
伊勢鉄道の鈴鹿駅からちょっと南に下り、斜めに住宅街に入る道を道なりに、15分ほど歩くと神戸高校が見えるのでその裏手に行くと神戸城跡の神戸公園が。天守台と紅葉。
天守台全景。
裏手に回る。
堀の跡。
裏手から上る、丸石を使った石垣。
天守台。
天守台石垣。
付櫓跡?石垣。
天守台に上ってみる。
上はこんなもん。
紅葉。
石垣。
石垣。
石垣と松。
本丸を囲むような土塁。
現在地図。現在公園化されてるのは本丸のごく一部。太鼓櫓や大手門は移築されてるらしい。下調べしてなかったので行けず。残念。