旅日記 vol.7その2



8月11日

午前2時に富山通過。この辺から駅に停まる(深夜でも一応各主要駅には停まる。数人ずつではあるが乗り降りもある)たびに目が覚めだす(約30分に1度)。やっぱ快適に眠るというのは無理だった。もう乗らん。

敦賀か。時刻は4時40分。ここからは起きてた方がいいかな。

米原には5時24分着。ここできたぐにを降りて、びわ湖線に乗り換える。

今日の最初の目的地は織田信長が築いた安土城。当初計画は彦根起点だったのだが、滋賀県にこんなに早く着くんならもうひとつは見られるだろう、ということで無理から予定にねじ込んでみた(結果かなり無理があった)。安土駅には5時57分着。駅前に「→安土城跡近道」の看板が出ているのでそれに従って歩く。高速道の高架をくぐり、田んぼの真ん中へ。数100mごとに看板があるので迷うことはない。

安土城登城口に着く。なんか復元工事中のうえ、地元自治体と山の所有者の寺がモメてるらしくあちらこちらが立入禁止になってるが構わず入る。が、あそこまで急な山道とは。そしてあそこまで石垣が残っている(復元されている)とは思ってもみなかった(全然下調べせずに行った)。信長様をナメてました。山城見学はキツい。が、去年の今ごろだとたぶんこんなに一気に登れなかっただろうなあ。体力付いた(体重は減った)もんだ。他の写真はこちら。6時30分、天守台到着。大手道を駆け下り、元来た道を戻って安土駅に。実は看板とは別の近道があり、行きよりちょっと早く6時52分に安土駅到着。

6時58分発のびわ湖線快速で琵琶湖沿岸を北に上って長浜に。車内では爆睡。長浜城は羽柴秀吉が最初に造った城下町ということだが、実際の城跡はほとんど発掘調査が進んでおらず、この天守(右写真)は推測に基づいて建てられた模擬天守(博物館)。朝早くて開いてなかったので写真だけ撮って次に。

そして今日のメインともいうべき彦根城に。彦根駅には8時30分着。彦根城は一度行ったような記憶はあるのだが(大学時代)、行ってみると風景は全く記憶にないものだった。なんでだろ?その時は雪だったから?写真はこちら。いつも城に付随する日本庭園(だいたいある)は時間がない場合は行かないことが多いのだが、今回彦根城の玄宮園は行ってみた(その代わり博物館には入らず)。結果正解。庭はきれいだったし(整備の賜物)、ここから見る天守がまたきれいだった。9時50分彦根城を出発、駅に戻る。ここまで朝飯を食べてなかったので彦根駅近辺で探すが大した店がなく、また駅弁もなかったので朝マック。10時16分出発。

米原で乗り換えて東海道線を東上、岐阜県大垣市に。10時58分着。大垣城は歩いて数分、商店街からちょっと入ったところにあった。大垣城も「一度は見てみたい」城だった(戦争で焼ける前は「美しい城」の評判高かったそうで)のだが、行ってみるとがっかり、だった。城それ自体ががっかりというより縄張りが全く残ってない状態でビルに囲まれた再建天守があっても、というところかな。一番がっかりしたのは。写真はこちら。中に入る気も起きず。はい次!

11時33分にはまた東海道線に乗り、さらに東へ。今度は岐阜城。岐阜駅には11時44分の着。駅前から岐阜バスに乗り15分、「公園前」で降りて岐阜公園内にあるロープウェーで金華山頂上へ。岐阜城はもちろん実在した城ではあるが、関ヶ原の合戦後すぐに廃城にされた(天守は加納城に移されたがこちらも遺構ほとんどなし)ため、これ(右写真)も想像の産物に過ぎない。しかしこんなとこに城作っただけでもえらい、というくらいのこれまた急な山。これはこれで感心するな。登ってた一瞬だけ天気がよかったのも幸運。写真はこちら。はい次。13時30分のロープウェー(15分に一本、往復1050円)で下山、14時7分発の東海道線に乗って清洲へ。

清洲には14時24分着。駅に着くと「徒歩15分」の看板が。そんなに離れてるんだっけ?しかし線路沿いだということはわかってるし、途中しつこいくらいに看板が出てるので迷うことはない。清洲城は織田信長に由来する城だが、これ(右写真)は「いい加減にしろ」と言われるくらい史実に基づいてない城(近くにある墨俣城よりはマシだが)。しかも夏休み期間というのに「月曜休館」を頑なに守るというお役所仕事ぶり。降りてわずか30分後の14時54分には名古屋行きの次の電車に乗っていた。写真はこちら。名古屋駅で名古屋市営地下鉄に乗り換える。その前にJRのホームできしめん食べようと思ったが、手持ちに高額紙幣しかなくおばちゃんに断られてしまった。券売機よ5000円札くらい対応してくれ。

今日の最後の予定は名古屋城。現在名古屋夏祭り(入場有料)の期間中で、一般観光客は17時までしかいられないらしい。二の丸は露店だらけで庭園見物ができない。城の写真撮ろうにも必ず露店が入る。悪い時期に来てしまった。しかも夕方とあって正面から写真を撮ると逆光に。名古屋城も朝からがベストタイムか。と言っても明日の朝は雨のようだし、今日撮るしかない。ということで写真はこちら。17時ぎりぎりに城を出て、一旦ホテルに。今日の泊まりは私の名古屋での定宿・名龍。古臭い「ビジネス和室」だが、風呂が大きいとかチェックアウト時間がないとかコインランドリーが中にあるとかいろいろ便利なのだ。毎年暑中見舞いくれるしね。いい加減汗かいたのでまずは風呂。しばらく休息してまた名古屋城に戻る。

と言っても城や夏祭りに行ったわけではなく、名古屋城の三の丸にある愛知県体育館(右写真)に新日GIクライマックス見に。観戦記はこちら。終了が21時40分だったので飯食いに行く気にもならず、コンビニのきしめん(一応リベンジ)をホテルで食べる。今日は食生活貧しかったな。しかも2食だ。



8月12日

8時前に名龍をチェックアウト、地下鉄名城線で金山に。金山からは名鉄で犬山に。おや?週プロが売ってるぞ?今日は何曜日だ?事前に調べたのと違う電車(犬山止まり)に乗ってしまったため、犬山駅で乗り換え、もう一つ先の犬山遊園駅で8時50分下車。歩いて犬山城へ。国宝に指定されている4つの城のうちのひとつだが、残念なことに天守以外の遺構はない。しかも個人(藩主の末裔・成瀬家)所有とあって先行きかなり不透明らしい。写真はこちら。帰りは犬山駅に歩く。こっちも徒歩15分くらいだった。こういうのは自分の足で行ってみないとわからない。犬山駅からは名鉄小牧線(10時3分発で小牧へ)。

続いては小牧山城。と言ってもこれは昔山城のあった場所にある模擬城郭。遠目はまだ良かったが近づいてみると城というより「お堂」。中にも入らずさっさと後にする。雨だったし、寄る価値なかったなあ。足助城みたいに中世山城を復元してればまだ面白かったかもしれないが、雨だとそれもね。写真はここ。行きは小牧駅からタクシーに乗ったが、帰りは歩くことに。途中わからなくなって地元の人に聞いたら、方向は間違っていなかったが「駅まではだいぶありますよ?」と不審がられた。まあでも20分くらいで駅に着いたのだが。

次は岡崎城。事前に調べたのでは小牧からは随分乗り継ぎが大変そうだったのだが、行ってみると新しい路線(地下鉄上飯田線。名鉄と相互運転)が開通していて便利になっていた。犬山城もこの路線使って行ったほうが良かったかも。11時20分発の名鉄小牧線−地下鉄上飯田線直通で平安通に。名城線に乗り換えて金山。金山で持ち帰り寿司を買って特急に乗車。持ち帰り寿司だとご飯が減らせるので都合がよい。予定していた時刻より30分早い12時45分に岡崎公園駅に着き、岡崎城に。岡崎城は外観復元された城。よくあることだが場内の神社が凄く邪魔。確かに明治の初めに天守が壊された時には後に観光用に再建されるなんて思ってもいないし、かと言って領主や偉大な大名の足跡を荒れたままや関係のない建物にするのはしのびない、ならば領主やその先祖を祀った神社を建立しよう、というのはよい考えであったのかもしれないが。写真はこちら。行きとは逆の大手門から出たので、帰りは特急の止まる東岡崎駅(大手門からはこっちの方がやや近い)まで1.2km歩く。今回よく歩いてるよなあ。

東岡崎を13時47分に出る名鉄の特急で豊橋に。まずは帰りの新幹線の指定席を確保にみどりの窓口へ。15時26分のは禁煙席が売り切れていたので15時47分のこだま420号を購入。まあ当初の予定ではこのこだまだったし(ATOMに間に合えばよい)、ゆっくり見学する時間ができたからいいか。豊橋駅からは豊橋鉄道という名の路面電車で3駅先の市役所前まで。

今回の旅の最後は豊橋公園内の吉田城。建造物は昭和になってなんかの博覧会の際に再建された三階櫓(場所は鉄櫓のあった場所だがデザインは入道櫓をモチーフにしたとか)ひとつのみ。しかしこの城、なんかいい感じだったなあ。もっと説明板とかあれば(一枚しかなかった)もっとよかったんだが。写真はこちら

15時47分豊橋発のこだま420号で帰京。

豊橋駅で謎の食べ物「せきあん」(あん入り赤飯)購入。

割ってみました。味はぼたもち。1個でギブアップ。18時6分に東京着、山手線に乗り換えて渋谷に。ATOMには18時40分着。すでに開場していた。DDT・ATOM大会の観戦記はこちら。ATOM終了後はさすがにおとなしく帰宅。今回も移動城移動城移動プロレスの旅だった。今年は数こなしたいから毎回こんなもんだろうなあ。




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